本文
興願寺三重塔
東予
建造物
江戸時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
建造物
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|---|---|
| 時代 | 江戸時代
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| よみ | こうがんじさんじゅうのとう
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| 名称 | 興願寺三重塔 1基
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| 所在地 | 四国中央市三島宮川
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| 所有者 | 興願寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 平成16年4月16日
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解説
興願寺三重塔は、昭和34(1959)年に、徳島県阿南市に所在する、第21番札所太龍寺から移建したもので、建立当初の姿がほぼ再現されていると考えられる。
この三重塔は、一階を3間四方とし、内部に四天柱を立て、床を張り、廻縁(まわりえん)を設け、心柱は一階天井で止めて一階内部に下ろさないという、中世以来の典型的な塔婆の形式を示すものである。
一階内部は、四天柱のうち後方2本を来迎柱とし、唐様(からよう)の須弥壇(しゅみだん)を置く。二重以上は、塔婆の通例に従って、内部を仕上げず、各重間には床も張られていない。心柱は一階天井の上方に渡された、心柱受けの柱盤で止まるが、その柱盤に直に立つのではなく、鉄鎖を用いて上重から吊り下げる構造となっていて、柱盤からは少し浮き上がっている。
この三重塔は、江戸時代の建立の割には各重の低減率が著しく大きく、古式な姿を見せている。細部は和様を基調とするが、各重に用いられている三手先の組物には、強い鎬を取った唐様の尾垂木(おだるき)を入れており、江戸時代らしい様式の混合を見せている。初重の中備は蓑束とする。軒は、初重のみを扇繁垂木(おうぎしげたるき)とし、二重三重を平行繁垂木とする。
昭和の移建時には損傷が著しかったようで、初重の廻縁、連子窓(れんじまど)、隅柱1本、二重及び三重の廻縁と腰組、各重の化粧垂木全部と組物の一部が取り替えられている。また、三重の小屋組材をはじめ、内部の構造材にも昭和材が混入している。
この三重塔は、一階を3間四方とし、内部に四天柱を立て、床を張り、廻縁(まわりえん)を設け、心柱は一階天井で止めて一階内部に下ろさないという、中世以来の典型的な塔婆の形式を示すものである。
一階内部は、四天柱のうち後方2本を来迎柱とし、唐様(からよう)の須弥壇(しゅみだん)を置く。二重以上は、塔婆の通例に従って、内部を仕上げず、各重間には床も張られていない。心柱は一階天井の上方に渡された、心柱受けの柱盤で止まるが、その柱盤に直に立つのではなく、鉄鎖を用いて上重から吊り下げる構造となっていて、柱盤からは少し浮き上がっている。
この三重塔は、江戸時代の建立の割には各重の低減率が著しく大きく、古式な姿を見せている。細部は和様を基調とするが、各重に用いられている三手先の組物には、強い鎬を取った唐様の尾垂木(おだるき)を入れており、江戸時代らしい様式の混合を見せている。初重の中備は蓑束とする。軒は、初重のみを扇繁垂木(おうぎしげたるき)とし、二重三重を平行繁垂木とする。
昭和の移建時には損傷が著しかったようで、初重の廻縁、連子窓(れんじまど)、隅柱1本、二重及び三重の廻縁と腰組、各重の化粧垂木全部と組物の一部が取り替えられている。また、三重の小屋組材をはじめ、内部の構造材にも昭和材が混入している。
所在地
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