本文
三滝城跡(史跡)
南予
史跡
室町時代安土・桃山時代
秋におすすめ自然を堪能できる
| 区分・種別 |
県指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 室町時代安土・桃山時代
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| よみ | みたきじょうあと
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| 名称 | 三滝城跡
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| 所在地 | 西予市城川町窪野
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| 所有者 | 三滝城跡保存会
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和43年3月8日
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解説
三滝城跡は、標高642m、比高250mの三滝山山頂にある中世の山城である。この山は窪野川と寺野川に浸食されて、北を除く三方は切りたった断崖である。
天正年間(1573~1592年)の半ばころ、土佐の長宗我部元親の侵入をうけて城主の紀親安(ちかやす)は討死、落城して廃きょとなった。城跡には親安をまつる三滝神社がある。
城は、尾根を削って構築されたもので、東西470m、南北60mと細長く、本丸から階段状に西方へ9か所の郭(くるわ)が並び、東方へは7か所の郭が連なっている。また、三の丸の中央部には井戸跡と南部には出丸(でまる)がある。付近の斜面からは炭化米が多く出土する。
築城の年代は定かでないが、室町時代中期以降、西園寺氏の有力武将一人で北之川殿と呼ばれる紀氏の居城として築かれたものである。
天正年間(1573~1592年)の半ばころ、土佐の長宗我部元親の侵入をうけて城主の紀親安(ちかやす)は討死、落城して廃きょとなった。城跡には親安をまつる三滝神社がある。
城は、尾根を削って構築されたもので、東西470m、南北60mと細長く、本丸から階段状に西方へ9か所の郭(くるわ)が並び、東方へは7か所の郭が連なっている。また、三の丸の中央部には井戸跡と南部には出丸(でまる)がある。付近の斜面からは炭化米が多く出土する。
築城の年代は定かでないが、室町時代中期以降、西園寺氏の有力武将一人で北之川殿と呼ばれる紀氏の居城として築かれたものである。
所在地
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