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泉貨居士の墓

ページID:0137800 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
南予
史跡
安土・桃山時代
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泉貨居士の墓の画像1
泉貨居士の墓の画像2
泉貨居士の墓の画像1
泉貨居士の墓の画像2
詳細情報
区分・種別
県指定
記念物
史跡
時代
安土・桃山時代
よみ
せんかこじのはか
名称
泉貨居士の墓
所在地
西予市野村町野村
所有者
個人
管理団体
指定年月日
昭和24年9月17日

解説

 「泉貨」(仙貨)とは、宇和郡山間部の特産品であった泉貨紙(仙貨紙、仙花紙)の製法を創案したという兵頭太郎右(左)衛門道正の号である。その墓は安楽寺の墓地南端にあり、墓碑の高さ95cmあまりである。
 兵頭太郎右(左)衛門は戦国時代末期、宇和松葉城主であった西園寺公広に仕え、天正12(1584)年、25貫文の領地と兵頭姓を与えられたという。同15年主家滅亡後、彼は安楽寺近くに草庵を結び、隠せいして「泉貨」と号し、慶長2(1597)年に没した。
 この間、彼は楮(こうぞ)の皮を原料とし、「トロロ」というアオイ科の草根汁を混ぜて粘着力を強め、粗、精の漉き紙2枚を重ね合わせる独特の製紙法をあみ出した。この紙は、紙質が強じんでシミの害がつきにくいため、帳簿用紙、経本、折本などに重用されることになる。泉貨紙の生産はやがて宇和島藩の保護をうけて発展したが、文化年間(1804~1818年)になると藩専売制をしき利益を独占している。明治、大正時代には地場産業として盛えたが、洋紙の普及でその後衰微の道をたどっている。