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甘藷地蔵

ページID:0137793 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
東予
史跡
江戸時代
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甘藷地蔵の画像
甘藷地蔵の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
記念物
史跡
時代
江戸時代
よみ
いもじぞう
名称
甘藷地蔵
所在地
今治市上浦町瀬戸
所有者
向雲寺
管理団体
指定年月日
昭和23年10月28日

解説

 向雲寺の境内には、甘藷地蔵を安置する小さなお堂と拝殿がある。
 甘藷地蔵は江戸時代初期、伊予国に初めて甘藷を持ち帰り栽培を教えたという下見(あさみ)吉十郎(きちじゅうろう)をまつるもので、高さ50cmほどの石地蔵である。地蔵の台石には「下見吉十郎」、「宝暦五乙亥年八月朔日」の文字が刻されている。
 下見吉十郎は大三島瀬戸村の名家の出であったが、4子の夭折(ようせつ)に無常を感じて六部行者(ろくぶぎょうじゃ)になり諸国を巡拝した。正徳元(1711)年、たまたま薩摩国日置郡(ひおきぐん)伊集院村(いじゅういんむら)に滞在した吉十郎は、甘藷が飢饉(ききん)に耐える有用な食物であることを知り、秘かに郷里へ持ち帰って村人に栽培法を教え、凶荒に備えさせたという。享保の飢饉、天保の飢饉にも島々では餓死者は出なかったと云われている。
 吉十郎は宝暦5(1755)年8月、82歳で没し向雲寺に葬られた。現在も、彼の功績をたたえて甘藷地蔵を祀り、毎年供養祭を営んでいる。