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野々瀬の古墳
東予
史跡
古墳時代
自然を堪能できる
| 区分・種別 |
県指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 古墳時代
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| よみ | ののせのこふん(しちけんづかこふん)
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| 名称 | 野々瀬の古墳
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| 所在地 | 今治市朝倉南
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| 所有者 | 今治市
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和25年10月24日
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解説
野々瀬の古墳は、笠松山(かさまつやま)(標高328m)の麓にある野々瀬古墳群のうち、大型の横穴式石室をもつ古墳であり、通称七間塚(しちけんづか)古墳と呼ばれる。この地域には、100基あまりの古墳があったといわれているが、戦後の開墾の際に壊されたりしたため、現存するものは20基ほどである。
野々瀬の古墳も、指定されたときには墳丘(ふんきゅう)が削られていて、現在では直径18mあまり、高さ約5mとなり、原形を知ることはできない。しかし、主体部はほぼ完全な形で残っており、石室の全長は10m、玄室(げんしつ)の長さ5.2m、幅1.7~2.1m、高さ2.0m、羨道(せんどう)幅1.4mである。両袖(りょうそで)式で、巨大な花崗岩を巧みに組み合わせた構造となっている。出土物についてははっきりしないが、石室の構造から7世紀初頭前後のものであろう。
野々瀬の古墳も、指定されたときには墳丘(ふんきゅう)が削られていて、現在では直径18mあまり、高さ約5mとなり、原形を知ることはできない。しかし、主体部はほぼ完全な形で残っており、石室の全長は10m、玄室(げんしつ)の長さ5.2m、幅1.7~2.1m、高さ2.0m、羨道(せんどう)幅1.4mである。両袖(りょうそで)式で、巨大な花崗岩を巧みに組み合わせた構造となっている。出土物についてははっきりしないが、石室の構造から7世紀初頭前後のものであろう。
所在地
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