本文
日高鯨山古墳
東予
史跡
古墳時代
| 区分・種別 |
県指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 古墳時代
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| よみ | ひだかくじらやまのこふん
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| 名称 | 日高鯨山古墳
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| 所在地 | 今治市馬越町2丁目
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| 所有者 | 大山祇神社
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和25年10月24日
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解説
平地部にある鯨山(くじらやま)は、標高15m、東西約150m、南北最長部約35mの独立した丘陵であり、この丘陵を利用して築造された古墳である。一般には前方後円墳といわれており、過去の記録にも「現状は前方部に当たる西南部が少し変形されているが、後円部はほぼ完全に旧態を存し、かつて円筒埴輪(えんとうはにわ)があったという。」とある。しかし、墳丘実測図等から前方後円墳と断定するには疑問な点もあり、今後の調査を待たなければならない。
天正7(1579)年の大三島の大祝越智安任(おおはふり おちやすとう)の手記には「小千御子(おちのみこ)御墓在馬越邑」とあり、越智国造乎致命(おちのくにのみやつこおちのみこと)の墓と伝えられ、付近の人も聖域としてよく保護している。
天正7(1579)年の大三島の大祝越智安任(おおはふり おちやすとう)の手記には「小千御子(おちのみこ)御墓在馬越邑」とあり、越智国造乎致命(おちのくにのみやつこおちのみこと)の墓と伝えられ、付近の人も聖域としてよく保護している。
所在地
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