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日高鯨山古墳

ページID:0137771 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
東予
史跡
古墳時代
日高鯨山古墳の画像1
日高鯨山古墳の画像2
日高鯨山古墳の画像1
日高鯨山古墳の画像2
詳細情報
区分・種別
県指定
記念物
史跡
時代
古墳時代
よみ
ひだかくじらやまのこふん
名称
日高鯨山古墳
所在地
今治市馬越町2丁目
所有者
大山祇神社
管理団体
指定年月日
昭和25年10月24日

解説

 平地部にある鯨山(くじらやま)は、標高15m、東西約150m、南北最長部約35mの独立した丘陵であり、この丘陵を利用して築造された古墳である。一般には前方後円墳といわれており、過去の記録にも「現状は前方部に当たる西南部が少し変形されているが、後円部はほぼ完全に旧態を存し、かつて円筒埴輪(えんとうはにわ)があったという。」とある。しかし、墳丘実測図等から前方後円墳と断定するには疑問な点もあり、今後の調査を待たなければならない。
天正7(1579)年の大三島の大祝越智安任(おおはふり おちやすとう)の手記には「小千御子(おちのみこ)御墓在馬越邑」とあり、越智国造乎致命(おちのくにのみやつこおちのみこと)の墓と伝えられ、付近の人も聖域としてよく保護している。