本文
畑野の薦田踊り
東予
現代(昭和20年(1945)から現在)
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
県指定
無形民俗文化財
|
|---|---|
| 時代 | 現代(昭和20年(1945)から現在)
|
| よみ | はたののこもだおどり
|
| 名称 | 畑野の薦田踊り
|
| 所在地 | 四国中央市土居町畑野
|
| 所有者 | 畑野薦田踊り保存会
|
| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 平成12年4月18日
|
解説
お盆の8月16日に、地区内の薦田神社(廃東善寺跡)に奉納される太鼓踊りである。畑野地区は、中世末期にこの地の中尾城主薦田氏の拠点となっていた。天正年間の豊臣秀吉の四国平定の際、小早川隆景により落城した中尾城主薦田備中守義定の慰霊のための踊りとして、里人たちが奉納してきた。昔、踊りが出来なかったある年、誰もいない神社の境内から囃子が聞こえてきたことがあり、以来里人たちは、絶やすことなく踊りを奉納してきたという。いつごろから伝承し始めたか明確な史料は残らないが、化政天保期頃(19世紀前半)に整備された形跡がある。
踊りは、神社境内中央の大岩の周りを左回りに輪踊りをする.囃し手の少年男子が内側、成人男子が外側に位置し、二重輪踊りとなっている。内輪は締太鼓・すり鉦を持った少年が交互となり、囃しながらゆっくりと踊り進み、外輪の成人が、扇子・うちわを手に歌いながら踊り進む。少年が付ける締太鼓の前面には白木綿の人形(ひとがた)をつける。踊りは全曲で12番あり、約2時間かけて奉納される。踊りの衣装や所作は風流に流れず、古様をよく残し素朴で大変ゆかしい。少年の演者は小学生男子に限られ、3・4年生は鉦、5・6年生は締太鼓を担当する。
なお、薦田神社での奉納に先立ち、同地区内の阿弥陀堂境内でも奉納され、ここでは、全曲の半分の6曲の初めの一首ずつを踊る。"
踊りは、神社境内中央の大岩の周りを左回りに輪踊りをする.囃し手の少年男子が内側、成人男子が外側に位置し、二重輪踊りとなっている。内輪は締太鼓・すり鉦を持った少年が交互となり、囃しながらゆっくりと踊り進み、外輪の成人が、扇子・うちわを手に歌いながら踊り進む。少年が付ける締太鼓の前面には白木綿の人形(ひとがた)をつける。踊りは全曲で12番あり、約2時間かけて奉納される。踊りの衣装や所作は風流に流れず、古様をよく残し素朴で大変ゆかしい。少年の演者は小学生男子に限られ、3・4年生は鉦、5・6年生は締太鼓を担当する。
なお、薦田神社での奉納に先立ち、同地区内の阿弥陀堂境内でも奉納され、ここでは、全曲の半分の6曲の初めの一首ずつを踊る。"
所在地
地図の読み込みに関する問題が発生したとき<外部リンク>






