本文
福見川の提婆踊り
中予
現代(昭和20年(1945)から現在)
ノスタルジックな気分にひたる
| 区分・種別 |
県指定
無形民俗文化財
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|---|---|
| 時代 | 現代(昭和20年(1945)から現在)
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| よみ | ふくみがわのだいばおどり
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| 名称 | 福見川の提婆踊り
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| 所在地 | 松山市福見川町
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| 所有者 | 提婆踊り保存会
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 平成12年4月18日
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解説
8月15日の夜、奥之城城主とその一族の慰霊のため、開山徳正寺阿弥陀堂境内で盆行事として奉納される念仏踊りである。
提婆踊りは、阿弥陀堂での供養会(祈祷)ののち始まる。2人の鉦打ちが堂の前に立ち、踊り場を隔てて十数人の世話人が対面して立つ。その先達は「如来様」と呼ぶ祈祷札を結びつけた笹竹を持つ。神楽装束に念仏鉦を持った鉦打ちと世話人の念仏の掛け合いにあわせ、踊り手の大提婆は背伸びし、太鼓撥を頭上で操り、掛け声とともに胸に結わえた大太鼓を打つ。それに呼応して、小提婆が前屈みで、胸の小太鼓を打ちながら、後ろに跳び退がり、前に小走りし、激しく小廻りして元の位置に戻る。これが一庭で、同じ動作を75回反復する。
提婆の鬼面には宝暦12年(1762)のものもあり、奥之城(宿野町)落城伝説に由来する大念仏会の一つとして、400年間踊り継がれているという。
提婆踊りは、阿弥陀堂での供養会(祈祷)ののち始まる。2人の鉦打ちが堂の前に立ち、踊り場を隔てて十数人の世話人が対面して立つ。その先達は「如来様」と呼ぶ祈祷札を結びつけた笹竹を持つ。神楽装束に念仏鉦を持った鉦打ちと世話人の念仏の掛け合いにあわせ、踊り手の大提婆は背伸びし、太鼓撥を頭上で操り、掛け声とともに胸に結わえた大太鼓を打つ。それに呼応して、小提婆が前屈みで、胸の小太鼓を打ちながら、後ろに跳び退がり、前に小走りし、激しく小廻りして元の位置に戻る。これが一庭で、同じ動作を75回反復する。
提婆の鬼面には宝暦12年(1762)のものもあり、奥之城(宿野町)落城伝説に由来する大念仏会の一つとして、400年間踊り継がれているという。






