本文
青島の盆おどり
南予
現代(昭和20年(1945)から現在)
ノスタルジックな気分にひたる
| 区分・種別 |
県指定
無形民俗文化財
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|---|---|
| 時代 | 現代(昭和20年(1945)から現在)
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| よみ | あおしまのぼんおどり
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| 名称 | 青島の盆おどり
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| 所在地 | 大洲市長浜町青島
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| 所有者 | 青島盆踊り保存会
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和40年4月2日
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解説
この踊りは、伊予灘の海上に浮かぶ青島で、8月14・15日の両日、夜を徹して演じられた盆踊りである。
青島はもと馬島、またの名は沖水無瀬島といい無人島であった。寛永16(1639)年、播磨国坂越浦(現兵庫県赤穂市坂越)の与七郎という者が、一族及び家僕16戸を率いて移住してきた。以来盆踊りとして踊り継がれてきたといわれる。
構成は、口説き手5名、大太鼓1名、囃子手5名、踊り手は各戸から1名ずつ出されていた。
現在は、13日に「賤ヶ岳七本槍」の装束で魚の供養としての大漁踊りを、14日に「赤穂四十七士」の装束でその年に亡くなった人の霊を慰める亡者踊りを、それぞれ行っている。踊りの種類には「白石踊り」「三つ拍子」「きりあい」「いなおさえ」「笠踊り」「綱ひき」「木山踊り」などがあり、全体的に赤穂の郷愁を感じ起こすような出し物や演出が多い。
青島はもと馬島、またの名は沖水無瀬島といい無人島であった。寛永16(1639)年、播磨国坂越浦(現兵庫県赤穂市坂越)の与七郎という者が、一族及び家僕16戸を率いて移住してきた。以来盆踊りとして踊り継がれてきたといわれる。
構成は、口説き手5名、大太鼓1名、囃子手5名、踊り手は各戸から1名ずつ出されていた。
現在は、13日に「賤ヶ岳七本槍」の装束で魚の供養としての大漁踊りを、14日に「赤穂四十七士」の装束でその年に亡くなった人の霊を慰める亡者踊りを、それぞれ行っている。踊りの種類には「白石踊り」「三つ拍子」「きりあい」「いなおさえ」「笠踊り」「綱ひき」「木山踊り」などがあり、全体的に赤穂の郷愁を感じ起こすような出し物や演出が多い。
所在地
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