本文
一人相撲
東予
現代(昭和20年(1945)から現在)
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
県指定
無形民俗文化財
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|---|---|
| 時代 | 現代(昭和20年(1945)から現在)
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| よみ | ひとりずもう
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| 名称 | 一人相撲
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| 所在地 | 今治市大三島町宮浦
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| 所有者 | 大山祇神社
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和39年3月27日
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解説
毎年旧暦5月5日の御田植祭と旧暦9月9日の抜穂において、田植式と抜穂式のあとに、大山祇神社神饌田(しんせんでん)の前で行われる行事である。
この相撲については、『三島文書大祝日誌』によれば、宝永4(1707)年5月5日、9月9日に相撲を取らせたとあり、また、上浦町瀬戸の向雲寺住職慈峯が、享保20(1735)年に「端五(午(ご))神事ノ節於宮浦邑ノ斎事有其内瀬戸ノ独リ相撲卜名乗ル儀式アリ」と記録している。
相撲の行われる常設場には、正面に神輿三体が安置され、右に宮司以下の神職、奏楽員、巫女、早乙女等が控え、左には総代等が参列する。行司が、軍配を手にし神前に一礼ののち、「こなた精霊」「かたや一(いちりきざん)力山」と呼び出す。
力士は行司の差す軍配と掛け声につれて、目に見えない精霊と取り組む。古くは一番勝負であったが、明治時代以降は三番勝負の新しい取り型が行われるようになった。神事行事としては類例のない貴重な芸能である。
この相撲については、『三島文書大祝日誌』によれば、宝永4(1707)年5月5日、9月9日に相撲を取らせたとあり、また、上浦町瀬戸の向雲寺住職慈峯が、享保20(1735)年に「端五(午(ご))神事ノ節於宮浦邑ノ斎事有其内瀬戸ノ独リ相撲卜名乗ル儀式アリ」と記録している。
相撲の行われる常設場には、正面に神輿三体が安置され、右に宮司以下の神職、奏楽員、巫女、早乙女等が控え、左には総代等が参列する。行司が、軍配を手にし神前に一礼ののち、「こなた精霊」「かたや一(いちりきざん)力山」と呼び出す。
力士は行司の差す軍配と掛け声につれて、目に見えない精霊と取り組む。古くは一番勝負であったが、明治時代以降は三番勝負の新しい取り型が行われるようになった。神事行事としては類例のない貴重な芸能である。
所在地
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