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篠山山形模型

ページID:0137667 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
南予
歴史資料
江戸時代
篠山山形模型の画像
篠山山形模型の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
有形文化財
歴史資料
時代
江戸時代
よみ
ささやまやまがたもけい いっき
名称
篠山山形模型  1基
所在地
宇和島市御殿町
所有者
宇和島市
管理団体
指定年月日
平成24年2月21日

解説

" 篠山山形模型は、明暦2~3(1656~1657)年に宇和島藩と土佐藩の山境争論を解決するために制作されたものである。宇和島藩のみが使用した地名「おつつみの尾」が記されていることから、宇和島藩側が制作したものと考えられる。
 木製(スギ)の組み立て式(3分割)で、内側を刳り、軽量化されており、寸法は長さ114.5cm・幅67.1㎝・高さ22.2㎝である。
 模型の範囲は、篠山(標高約1064m)の両側をそれぞれ伊予国(現愛媛県)と土佐国(現高知県)とし、伊予国側は現宇和島市津島町御槇地区から現南宇和郡愛南町正木地区までを表している。
 縮尺は、全体的な水平縮尺が約7200分の1であるのに対し、山頂部分の水平縮尺はその2~5倍、垂直縮尺はその5~6倍となっており、争点の山頂部分を大縮尺で強調している。
 この山形模型は、県内に現存する同様の山形模型4例の中で最古のものであり、中国・四国地方の類例の中では2番目に古いものである。
 この山形模型は江戸時代前期における宇和島藩と土佐藩の山境を巡る争いの歴史を知る上で意義あるものであり、『伊達家文書』のうち「篠山公事壱巻」や愛南町指定有形文化財『篠山絵図』など、他の関係史料と併せて考察することによって、具体的に理解することができる山論の一例として高く評価することができる。"