本文
鴫山菊池家文書
南予
書跡・典籍・古文書
南北朝時代室町時代安土・桃山時代江戸時代明治時代
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
書跡・典籍・古文書
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|---|---|
| 時代 | 南北朝時代室町時代安土・桃山時代江戸時代明治時代
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| よみ | しぎやまきくちけもんじょ ひゃくにじゅうよんてん(こもんじょ ひゃくにじゅうさんてん、はた いってん)
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| 名称 | 鴫山菊池家文書 124点(古文書123点、旗1点)
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| 所在地 | 西予市宇和町卯之町
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| 所有者 | 個人
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 平成21年3月31日
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解説
近代以前に布喜川村鴫山組(現西予市三瓶町鴫山)に居住し、江戸時代は組頭を務めた菊池家に伝来した中世から近代(康永4〔1345〕年~明治44〔1911〕年)までの文書群である。
このうち中世文書は『重山文書』の名で5点が知られ、巻子1巻(33.5×330.5センチメートル)に装丁されている。巻子の最後には神仏号や紋章を描いた小型の旗1点が収められており、中世(戦国期頃)のものと推定される。近世以降の文書は118点あり、未装の状態である。
中世文書は領主権力や宗教勢力といった支配者側の史料ではなく、在地で活動する民衆、土地所有やその関わり方、当時の地勢などが知られる史料であり、伊予の中世史料にあっては在地の具体的な地勢や所有形態まで確認できる史料として貴重である。
中世の有力農民から近世の組頭、そして近代にいたるまで長期間にわたり同一の家に伝存する文書群は、一つの家を軸に地域の歴史を見通すよい史料である。
このうち中世文書は『重山文書』の名で5点が知られ、巻子1巻(33.5×330.5センチメートル)に装丁されている。巻子の最後には神仏号や紋章を描いた小型の旗1点が収められており、中世(戦国期頃)のものと推定される。近世以降の文書は118点あり、未装の状態である。
中世文書は領主権力や宗教勢力といった支配者側の史料ではなく、在地で活動する民衆、土地所有やその関わり方、当時の地勢などが知られる史料であり、伊予の中世史料にあっては在地の具体的な地勢や所有形態まで確認できる史料として貴重である。
中世の有力農民から近世の組頭、そして近代にいたるまで長期間にわたり同一の家に伝存する文書群は、一つの家を軸に地域の歴史を見通すよい史料である。
所在地
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