本文
梵鐘(長福寺)
東予
工芸品
江戸時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
工芸品
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|---|---|
| 時代 | 江戸時代
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| よみ | ぼんしょう ひとくち
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| 名称 | 梵鐘 1口
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| 所在地 | 西条市北条
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| 所有者 | 長福寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和40年4月2日
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解説
全長111.2センチメートル、鐘身90.3センチメートル、口径54.5センチメートル、竜頭21.2センチメートルとやや細長くしなやかなもので、朝鮮型の鐘である。上部には天女・霊鳥・飛雲文が施されている。刻銘は以下のとおりである。
「東山守禅禅菴 鐘銘 威音那畔比鐘鳴 今日脱?新有情珎重達磨峯下寺 鯨魚直化野狐聲 明暦元甲午歳正月 日 使持傅法沙門禅海宗俊書 檀越本光院覚智壽才信女」
この鐘は、明暦元(1655)年に檀越(だんおつ)(施主の意)本光院が生前に寄進したものであり、明治初年に京都守禅菴が廃寺となった際、長福寺住職で大徳寺派管長であった伽山和尚が本光院の位牌と共に譲り受けたものである。(本光院は織田信長の娘で、寛文2(1662)年に没した。)
「東山守禅禅菴 鐘銘 威音那畔比鐘鳴 今日脱?新有情珎重達磨峯下寺 鯨魚直化野狐聲 明暦元甲午歳正月 日 使持傅法沙門禅海宗俊書 檀越本光院覚智壽才信女」
この鐘は、明暦元(1655)年に檀越(だんおつ)(施主の意)本光院が生前に寄進したものであり、明治初年に京都守禅菴が廃寺となった際、長福寺住職で大徳寺派管長であった伽山和尚が本光院の位牌と共に譲り受けたものである。(本光院は織田信長の娘で、寛文2(1662)年に没した。)
所在地
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