本文
脇差(銘 豫州松山住長国)
中予
工芸品
江戸時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
工芸品
|
|---|---|
| 時代 | 江戸時代
|
| よみ | わきざし いっく めい よしゅうまつやまじゅう ながくに
|
| 名称 | 脇差 1口 銘 豫州松山住長国
|
| 所在地 | 松山市南高井
|
| 所有者 | 個人
|
| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和39年3月27日
|
解説
長さ35.8cm、反り1.3cm、片切刃造(かたぎりはづくり)で高めの反(そ)りである。鍛えは小板目で肌よくつみ、地沸(じにえ)がついている。刃文はのたれで沸よくつき、金筋、砂流しが交じっている。茎(なかご)は生(う)ぶで、剣形、鑢目(やすりめ)は勝手下り、目釘穴が1個ある。表に異例の2本樋(ひ)掻き流し、裏に棒樋に添樋の彫り物がある。
長国は山城の名匠長谷部国信の子孫で、芸州広島の刀匠常慶を父として生まれ、三好宗左衛門安広といったが、のち藤四郎長国と改めた。幼いころ父と死別し、伯父播磨守輝広に養われて鍛刀の技を練り、寛永元年(1624年)ころ、加藤嘉明の抱え工となって伊予国松山へ移住した。寛永4(1627)年嘉明の転封に伴って奥州会津に移住し、三好を三善に改め、彼の地にて50歳で没したといわれている。所持者銘の香坂猪之助は嘉明の家臣と思われる。
長国は山城の名匠長谷部国信の子孫で、芸州広島の刀匠常慶を父として生まれ、三好宗左衛門安広といったが、のち藤四郎長国と改めた。幼いころ父と死別し、伯父播磨守輝広に養われて鍛刀の技を練り、寛永元年(1624年)ころ、加藤嘉明の抱え工となって伊予国松山へ移住した。寛永4(1627)年嘉明の転封に伴って奥州会津に移住し、三好を三善に改め、彼の地にて50歳で没したといわれている。所持者銘の香坂猪之助は嘉明の家臣と思われる。






