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脇差(銘 豫州松山住長国)

ページID:0137599 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
中予
工芸品
江戸時代
アートや工芸の美に触れる
脇差(銘 豫州松山住長国)の画像
脇差(銘 豫州松山住長国)の画像
詳細情報
区分・種別
県指定
有形文化財
工芸品
時代
江戸時代
よみ
わきざし いっく めい よしゅうまつやまじゅう ながくに
名称
脇差 1口 銘 豫州松山住長国
所在地
松山市南高井
所有者
個人
管理団体
指定年月日
昭和39年3月27日

解説

 長さ35.8cm、反り1.3cm、片切刃造(かたぎりはづくり)で高めの反(そ)りである。鍛えは小板目で肌よくつみ、地沸(じにえ)がついている。刃文はのたれで沸よくつき、金筋、砂流しが交じっている。茎(なかご)は生(う)ぶで、剣形、鑢目(やすりめ)は勝手下り、目釘穴が1個ある。表に異例の2本樋(ひ)掻き流し、裏に棒樋に添樋の彫り物がある。
 長国は山城の名匠長谷部国信の子孫で、芸州広島の刀匠常慶を父として生まれ、三好宗左衛門安広といったが、のち藤四郎長国と改めた。幼いころ父と死別し、伯父播磨守輝広に養われて鍛刀の技を練り、寛永元年(1624年)ころ、加藤嘉明の抱え工となって伊予国松山へ移住した。寛永4(1627)年嘉明の転封に伴って奥州会津に移住し、三好を三善に改め、彼の地にて50歳で没したといわれている。所持者銘の香坂猪之助は嘉明の家臣と思われる。

所在地