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大太刀(無銘 伝 豊後友行、附野太刀拵)

ページID:0137572 更新日:2026年3月3日 印刷ページ表示
東予
工芸品
南北朝時代
アートや工芸の美に触れるより深く学べる(ガイダンス・展示施設等隣接)
大太刀(無銘 伝 豊後友行、附野太刀拵)の画像
大太刀(無銘 伝 豊後友行、附野太刀拵)の画像
詳細情報
区分・種別
国指定
国宝
工芸品
時代
南北朝時代
よみ
おおたち いっく むめい でんぶんごともゆき つけたりのだちごしらえ
名称
大太刀 1口 無銘 伝豊後友行 附野太刀拵
所在地
今治市大三島町宮浦
所有者
大山祇神社
管理団体
指定年月日
昭和33年2月8日

解説

 大太刀は、刃長180センチメートル、反り5.4センチメートル、元幅4.6センチメートル、先幅3.3センチメートル、鋒長10センチメートル、茎(なかご)長58.5センチメートル、鎬造(しのぎづくり)、丸棟(まるむね)、非常に大きくて長い。
 鍛えは大板目流れ、刃文は互(ぐ)の目調の小乱刃である。区(まち)上6センチメートルのところで焼落ししている。表裏に樋先の下がった棒樋をほり、区上で丸留めにしている。
 茎は生ぶで長く、栗尻、鑢(やすり)目は勝手下り、目釘穴は2個である。銘は刻していないが、南北朝時代の豊後国の刀工友行の作と鑑定されている。
 附属の拵を見ると、柄(つか)は革で包み敲(たたき)塗り(石目地に黒漆塗り)し、鞘は黒漆塗りの薄革と飴色の革で二重に包み、渡巻(わたりまき)のところはさらに黒革で菱に巻いている。鐔(つば)は木瓜(もっこう)形の練革を重ね黒漆をかけ、金銅の覆輪をかけてある。
 足金物と責金(せめがね)とは本来つけていない。拵えの全長は275センチメートルあまりある。
 大太刀、野太刀拵ともに14世紀鎌倉時代末期から南北朝時代の代表的作品といえるもので、『集古十種(しゅうこじゅっしゅ)』にも載せられている。
 この太刀は、湊川合戦で楠正成を討って功をたてた伊予国の人、大森彦七の愛刀であったものである。
 文明2(1470)年、孫の大森直治が大山祇神社に田地3反を寄進しているが、その際、この太刀を添えたことを示す文書が残されている。