本文
大太刀(銘 貞治五年丙午千手院長吉)
東予
工芸品
南北朝時代
アートや工芸の美に触れるより深く学べる(ガイダンス・展示施設等隣接)
| 区分・種別 |
国指定
国宝
工芸品
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|---|---|
| 時代 | 南北朝時代
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| よみ | おおたち めい じょうじごねんへいごせんじゅいんながよし
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| 名称 | 大太刀 銘 貞治五年丙午千手院長吉
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| 所在地 | 今治市大三島町宮浦
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| 所有者 | 大山祇神社
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和28年3月31日
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解説
大太刀は、刃長136cm、反(そ)り4.8cm、元幅4.1cm、先幅3.2cm、切先長6.8cmである。鎬造(しのぎづくり)、庵棟(いおりむね)、身幅が広く、反り高く、腰にふん張りがある。先は大鋒(きっさき)である。
鍛(きた)えは大板目で渦巻き状につみ、腰元には二重に棒映(うつ)りが通っている。刃文はのたれごころの乱れ刃で小足がにぎやかに入り、小沸(こにえ)出来で刃縁はほつれ砂流しがかかっている。帽子の刃は乱れ込み、先はとがってやや深く返っている。
彫物は表裏に樋(ひ)先の下った棒樋と連れ樋を彫り、区(まち)際で丸に留めている。
茎(なかご)は生(う)ぶで長く、栗尻、鑢(やすり)目は勝手下り、目釘(めくぎ)穴2個である。佩(はき)裏の中央に「貞治五年丙午千手院長吉」の銘を1行に刻している。
大太刀は鎌倉時代末から南北朝時代にかけて流行したが、これはその一典型で、貞治5年(1366)はちょうどその盛期にあたる。
作者の長吉は千手院派(奈良東大寺の千手院谷に居住した刀工団)の刀工であるが、遺作はほとんど知られていない。銘を佩裏にきる手法は、室町時代以降に大流行をきわめる打(うち)刀が皆これであり、それの先駆といえる。
社伝によれば後村上天皇の奉納品といわれている。
鍛(きた)えは大板目で渦巻き状につみ、腰元には二重に棒映(うつ)りが通っている。刃文はのたれごころの乱れ刃で小足がにぎやかに入り、小沸(こにえ)出来で刃縁はほつれ砂流しがかかっている。帽子の刃は乱れ込み、先はとがってやや深く返っている。
彫物は表裏に樋(ひ)先の下った棒樋と連れ樋を彫り、区(まち)際で丸に留めている。
茎(なかご)は生(う)ぶで長く、栗尻、鑢(やすり)目は勝手下り、目釘(めくぎ)穴2個である。佩(はき)裏の中央に「貞治五年丙午千手院長吉」の銘を1行に刻している。
大太刀は鎌倉時代末から南北朝時代にかけて流行したが、これはその一典型で、貞治5年(1366)はちょうどその盛期にあたる。
作者の長吉は千手院派(奈良東大寺の千手院谷に居住した刀工団)の刀工であるが、遺作はほとんど知られていない。銘を佩裏にきる手法は、室町時代以降に大流行をきわめる打(うち)刀が皆これであり、それの先駆といえる。
社伝によれば後村上天皇の奉納品といわれている。
所在地
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