本文
木造阿弥陀如来立像(光徳院)
中予
彫刻
平安時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
県指定
有形文化財
彫刻
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|---|---|
| 時代 | 平安時代
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| よみ | もくぞうあみだにょらいりゅうぞう いっく
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| 名称 | 木造阿弥陀如来立像 1躯
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| 所在地 | 松山市高田
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| 所有者 | 光徳院
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和38年5月31日
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解説
阿弥陀如来立像は、像高157.5センチメートル、ヒノキ材の一木造である。わずかにカーブを描く切れ長の目、力強く結んだ厚い口元など神秘的で、豊満な両肩からあらわな胸の両側に流れる衣文(えもん)は腹部に集まり、平行線状に流れ落ち、両股の豊かな肉づきを官能的にあらわしている。翻波式彫法を見事にこなした密教的な貞観風の手法で、平安時代も早いころの作と思われる。
阿弥陀如来像は国津比古命神社(松山市八反地)の本地仏として、明治元(1868)年まで祭祀されていたと伝えられている。
光徳院は、高縄山の西麓にある。嘉元元(1303)年僧尊龍により開基され最盛期には脇坊12か寺、末寺57か寺を数えたといわれる。
阿弥陀如来像は国津比古命神社(松山市八反地)の本地仏として、明治元(1868)年まで祭祀されていたと伝えられている。
光徳院は、高縄山の西麓にある。嘉元元(1303)年僧尊龍により開基され最盛期には脇坊12か寺、末寺57か寺を数えたといわれる。
所在地
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