本文
木造仏通禅師坐像(保国寺)
東予
彫刻
鎌倉時代
アートや工芸の美に触れる
| 区分・種別 |
国指定
重要文化財
彫刻
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|---|---|
| 時代 | 鎌倉時代
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| よみ | もくぞうぶつつうぜんじざぞう いっく
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| 名称 | 木造仏通禅師坐像 1躯
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| 所在地 | 西条市中野
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| 所有者 | 保国寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 昭和46年6月22日
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解説
仏通禅師坐像は、加茂川の西岸台地上の保国寺にある。寺は天平年間(729~749年)に創建され、その後建治年間(1275~1278年)に仏通禅師の徳を慕い、天台宗から臨済宗に改宗したと伝えられている。室町時代初期には寺運盛んとなり、七堂伽藍も整っていたといわれるが、天正13(1585)年の兵火によって焼失してしまった。
仏通禅師(1229~1312年)は、はじめ叡山に登って天台宗を学び、後に聖一国師について臨済に帰し、その高弟になった。
像は、頂上から身底まで78.3センチメートル、頂上から裳先まで115.8センチメートル、寄木造、等身大の頂相彫刻である。円頂肥満の安定した堂々たる像容を示し、いわゆる都(みやこ)作であろう。個性的表現の巧みさといい、そつのない衣文(えもん)の意匠といい、まことに手慣れたものがあり、鎌倉時代末ごろの頂相彫刻の円熟した技法をうかがうことができる。
仏通禅師(1229~1312年)は、はじめ叡山に登って天台宗を学び、後に聖一国師について臨済に帰し、その高弟になった。
像は、頂上から身底まで78.3センチメートル、頂上から裳先まで115.8センチメートル、寄木造、等身大の頂相彫刻である。円頂肥満の安定した堂々たる像容を示し、いわゆる都(みやこ)作であろう。個性的表現の巧みさといい、そつのない衣文(えもん)の意匠といい、まことに手慣れたものがあり、鎌倉時代末ごろの頂相彫刻の円熟した技法をうかがうことができる。
所在地
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