本文
伊予遍路道(稲荷神社境内及び龍光寺境内)
南予
史跡
江戸時代
荘厳で神秘的
| 区分・種別 |
国指定
記念物
史跡
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|---|---|
| 時代 | 江戸時代
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| よみ | いよへんろみち いなりじんじゃけいだいおよびりゅうこうじけいだい
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| 名称 | 伊予遍路道(稲荷神社境内及び龍光寺境内)
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| 所在地 | 宇和島市三間町
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| 所有者 | 稲荷神社及び龍光寺
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 平成29年10月13日
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解説
第41番札所龍光寺は、宇和島市三間町字戸雁に所在する真言宗御室派の寺院で、江戸時代までの神仏習合の面影を色濃く伝えている霊場である。明治時代初期の神仏分離までは稲荷社が札所であった。
稲荷神社本殿は、その建築様式や擬宝珠金物銘の年代から17世紀末頃の建築とされ、隣接する旧観音堂(現廣田神社)の建物も、建築様式から18世紀初頭とされており、江戸時代中期には稲荷社としての今日に続く景観が成立していた。なお、江戸時代前期には既に、「立光寺」という名前で神宮寺としての龍光寺の存在も確認できる。
稲荷神社本殿は、その建築様式や擬宝珠金物銘の年代から17世紀末頃の建築とされ、隣接する旧観音堂(現廣田神社)の建物も、建築様式から18世紀初頭とされており、江戸時代中期には稲荷社としての今日に続く景観が成立していた。なお、江戸時代前期には既に、「立光寺」という名前で神宮寺としての龍光寺の存在も確認できる。
所在地
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