本文
本芳我家住宅
南予
建造物
明治時代
冬におすすめノスタルジックな気分にひたる
| 区分・種別 |
国指定
重要文化財
建造物
|
|---|---|
| 時代 | 明治時代
|
| よみ | ほんはがけじゅうたくよんとう つけたり どべい
しゅおく すいじば さんべや・べんじょおよびゆどの どぞう |
| 名称 | 本芳我家住宅4棟 附 土塀
主屋 炊事場 産部屋・便所及び湯殿 土蔵 |
| 所在地 | 内子町内子
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| 所有者 | 個人
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| 管理団体 | |
| 指定年月日 | 平成2年9月11日
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解説
本芳我家は、江戸時代後期に、内子木蝋(ろう)生産の基礎を築き、天保11(1840)年にいたって現在地に移って木蝋生産を大規模に経営しました。
敷地は、南北に通る道路の西側にあって広い面積を占めます。道路に面して主屋が建ち、この上手(北)に取りつく土塀が敷地を囲み、また下手(南)には通用門を挟んで土蔵が妻を道路に向けて建っています。主屋の背後には土間に続いて炊事場、座敷側には中庭をへだてて産部屋、便所、湯殿が建ちます。主屋の上手には広い庭園が築かれています。これらの背後には地盤が一段高く樹木が繁り、このなかに祠社があります。以上のように居住部分は表の道路の西側にあり、かつては道路の東側に製蝋の施設晒場がありました。
主屋の建築は明治17(1884)年で、炊事場、産部屋、便所、土蔵も同じ時期の建築と考えられます。
敷地は、南北に通る道路の西側にあって広い面積を占めます。道路に面して主屋が建ち、この上手(北)に取りつく土塀が敷地を囲み、また下手(南)には通用門を挟んで土蔵が妻を道路に向けて建っています。主屋の背後には土間に続いて炊事場、座敷側には中庭をへだてて産部屋、便所、湯殿が建ちます。主屋の上手には広い庭園が築かれています。これらの背後には地盤が一段高く樹木が繁り、このなかに祠社があります。以上のように居住部分は表の道路の西側にあり、かつては道路の東側に製蝋の施設晒場がありました。
主屋の建築は明治17(1884)年で、炊事場、産部屋、便所、土蔵も同じ時期の建築と考えられます。
所在地
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