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松山市の中心にそびえ立つ松山のシンボルです。「現存12天守※1」で、なおかつ「日本三大連立式平山城※2」の1つであり、城内の21棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。
※1 江戸時代またはそれ以前に建造され、現代まで保存されている12の天守閣のこと。
※2 天守閣に2基以上の小天守閣があり連結していて、丘陵に築かれ周囲に平地を取り入れた城のこと。残りの2つは、姫路城、和歌山城。
天守閣までの移動に徒歩・ロープウェイ・リフトと自分の好きなコースで行くことができます。本丸の入口では初代城主の加藤嘉明(よしあき)にちなんだマスコットキャラクター「よしあきくん」が出迎えてくれ、自由に記念撮影することができます。天守閣からは松山平野を一望できます。
天守閣 9時から17時(季節により変動)
ロープウェー・リフト 大人 510円 小人 260円
天守閣 大人 510円 小人 150円
26台(有料)
松山市丸之内1(天守閣)
電話番号 089-921-4873(松山城総合事務所)
http://www.matsuyamajo.jp/<外部リンク>
matsuyamajo@iyotetsu.co.jp
徒歩で約8分
司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』をテーマにした博物館で、小説の主人公である秋山好古(よしふる)・真之(さねゆき)兄弟、正岡子規ゆかりの資料を展示しています。建物の設計は安藤忠雄※氏です。
※大阪市出身で、現代の日本を代表する建築家。
小説『坂の上の雲』の舞台となった時代がわかる貴重な資料の数々を展示しています。4階展示室では毎年テーマを一新し企画展を開催しています。また、2階カフェでは城山の緑や萬翠荘の景色をながめながら休憩できます。
9時から18時30分(入館は18時まで) 休館日:月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日)
一般400円 高校生200円
中学生以下無料 駐車場 無し(身障者用5台)
松山市一番町3-20
電話番号 089-915-2600
Fax番号 089-915-3600
http://www.sakanouenokumomuseum.jp/<外部リンク>
sakakumo-museum@yon-b.co.jp
徒歩で約3分
大正11年(1922年)、旧松山藩主の子孫にあたる久松定謨(ひさまつ さだこと)伯爵が、別邸として建てたフランス風の建物です。平成23年11月29日に国の重要文化財に指定されています。
9時から18時(月曜日休館 月曜日が祝日は開館)
大人 300円
小人 100円
約40台
松山市一番町3町目3-7
電話番号 089-921-3711 Fax番号 089-921-2400
http://www.bansuisou.org/<外部リンク>
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車で約10分
明治の俳人・正岡子規が17歳まで過ごした邸宅で、少年時代に生活していた居間や勉強部屋が再現されています。子規が使っていた机や写真、遺墨※などが展示されています。
※故人が書き残した書画。
正岡子規の過ごした邸宅が再現されており、正岡家に訪問したのかと錯覚するほどです。愛用品、遺品なども数多く展示されており、子規を肌で感じることができます。また、子規の埋髪塔や句碑もあり、正岡子規に興味のある方、俳句に興味がある方にはオススメです。
8時30分から17時(16時40分に入館受付終了、休館なし)
大人 50円
高・大生 40円
小・中生 30円
約20台
松山市末広町16-3 正宗寺内
電話番号 089-945-0400 Fax番号 089-947-0495
http://shikido.ehime.jp/<外部リンク>
正岡子規の世界をとおして、より多くの人々が松山に親しみ、松山の伝統文化や文学についての認識と理解を深め、新しい文化の創造に役立てることを目的として開設された文学系博物館です。道後地区にあり、人気の観光スポットになっています。
『全国規模の俳句大会、短歌大会などの実施や講座を開講しています。』
5月1日から10月31日 9時から18時(入館は17時30分まで)
11月1日から4月30日 9時から17時(入館は16時30分まで)
一般400円
小・中・高校生以下は無料 団体20名以上320円
22台(有料:30分100円、電気自動車急速充電器有り)
松山市道後公園1-30
電話番号 089-931-5566
Fax番号 089-934-3416
http://sikihaku.lesp.co.jp/<外部リンク>
sikihaku@lesp.co.jp
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秋山兄弟生誕地
城山の東に位置しており、好古※1(よしふる)は16歳まで、真之※2(さねゆき)は15歳までこの地で暮らしていました。秋山兄弟の家は、太平洋戦争の際の空襲により焼失しましたが、現在は、昔の写真や文献、聞き取り調査をもとに原形に近い形で家屋が復元されています。
※1 日露戦争で功績のあった陸軍の軍人。
※2 日露戦争で功績のあった海軍の軍人。
ロシア兵墓地
日露戦争時、日本で初めて松山にロシア兵捕虜収容所が造られ、多い時には4,000人を超える捕虜を収容していました。彼らは比較的自由な生活が許され、市民との交流も盛んに行われていました。不幸にも異国の地で生涯を終えたロシア兵捕虜たちを埋葬した墓地は、市内城北の閑静な丘にあり、現在でも地元の人や中学生による清掃活動が行われています。