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愛媛県戦没者慰霊塔(丸山墓地)について

ページID:0011546 更新日:2013年8月7日 印刷ページ表示

丸山墓地の由来

丸山墓地(国有地)は、松山市北斎院町25番外に位置し、広さは8,584平方メートルあります。

明治から昭和初期にかけて旧陸軍省所管の墓地であった場所で、太平洋戦争末期には松山の部隊により忠霊塔の建設が始められましたが、作業半ばのまま終戦を迎えています。

終戦後は旧陸軍省の廃止により旧大蔵省(現在の財務省)所管となりますが、当時は墓塔の建設が制限されていたため、終戦時のまま放置されることとなりました。

その後、サンフランシスコ平和条約の発効を機に、県民から慰霊塔建設の要望が高まったことを受け、昭和28年、県が丸山墓地への「愛媛県戦没者慰霊塔」の建設を計画します。

昭和29年4月から県がこの土地を無償で借り受け、同年9月18日に慰霊塔が完成、10月3日に竣工式典を行いました。

地下の納骨室には、日清・日露戦争、日中戦争、太平洋戦争の戦没者約2,880名の遺骨が納められており、広く愛媛県関係の戦没者を慰霊するための施設として県が管理しています。

丸山墓地では慰霊塔の建設当時から県民有志が緑化に務め、市街地にありながら、たくさんの木が茂る緑豊かな空間となっています。

春には、満開の桜が慰霊塔を彩ります。

愛媛県戦没者慰霊塔

アクセス

所在地:松山市北斎院町25番外

  • JR松山駅・市駅方面からお越しの場合は、県道18号線(新空港通り)を西へ、宮前川を越えて、丸山集会所の角を右へ。
  • 松山空港方面からお越しの場合は、県道18号線(新空港通り)を東へ、弁天山トンネル、岩子山トンネルを抜けて、丸山集会所の角を左へ。

 交差点付近2か所、丸山墓地入口付近に1か所の案内標識を設置しています。(松山市考古館(埋蔵文化財センター)の標識柱に設置しています。)

丸山墓地案内図


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