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更新日:2020年12月15日

議事全文

徳永分科会長

今回の会議のテーマは「教育・文化・スポーツに関する政策体系や重点政策について」ということになっているわけですが、実は今日のところは、皆さんに言いたいことを言って頂きたい。県の方から2つの点について話をしてくれということで、昨日打ち合わせをしていたんですが、1点目が『他県の長期計画における政策体系等』などに見られるような政策の体系化ということです。すなわち教育・文化・スポーツに関する政策の体系化ということでございます。つまり、政策の体系はどのようなものにすれば県民にとって新鮮味があって、インパクトがあって、わかりやすいかというようなグラウンドデザインづくりということです。とは言っても、いきなりグラウンドデザインは創れませんので、今日は2点目の方に重点を置きたいと思います。2点目というのは、重点を置くべき政策としてはどのようなものがあるのかということで、これは皆さんから必ず御意見が出るだろうと思います。皆さん思っていらっしゃることたくさんあると思うので、この点についてということです。1点目の体系に関しては、今日ある程度方向が出ればよりめでたいんですが、今日いろいろ意見を出して頂いて、その結果を事務局の方でまとめて頂く中で、おのずと体系化出来るだろうと。それを皆さんにまたお示しして御検討頂くというキャッチボールをしたいと考えています。

部会の皆さんそれぞれ御専門、得意な分野があると思うんですが、私も実は最初、この分科会の会長になるとは思わずに、気楽に引き受けたわけで、私は自分のことだけ発言すればいいだろうと、これで帰れるだろうと思っておりました。1回目の会議に出たら大分雰囲気が違いまして、例えば私が文化・芸術のことだけしゃべって逃げるわけにはいかないようでして、強弱というか、厚い薄いはあって結構です。つまり、私はスポーツの分野を中心に発言をしたいけども、ほかの分野に関してはこう思うという形で結構ですので、3分野それぞれに、また3分野をある程度超える範囲での御意見を頂きたいと思います。

合同部会のときに、ある会員さんの方から御発言が出ましたように、実は教育・文化・スポーツという分け方でいいのか。つまり、この3つの分科会の分け方はこれでいいのかということに関しては、恐らく皆さんある程度の疑問を持っていらっしゃると思うんです。私も大いなる疑問がありまして、ある方とこういう会員に選ばれたという話をしましたら、「何でこの3つ一緒なの」と言われまして、「それは今まで文部省が1つの枠の中に入れて議論してきたから一緒なんでしょうね」というふうには言いましたけど、「今は、例えば『経済と文化』とか、そういう枠組みも非常に重要だよ」というような話を、その方はされました。ですので、多少文化・教育・スポーツの枠を踏み越えた形でも、皆さんの個性を生かした形での御発言というものが頂ければと考えます。

進め方としては、文化・スポーツ・教育すべてにフリートーキングでやると、多分後でまとめてくださる事務局の方もパニックに陥りますので、あんまりいい方法ではないのですが、『県民に関する世論調査』の8ページの最後の丸のところで、教育面というふうに出てまいります。この教育面というのは、入っていることは文化・スポーツ・教育という3つのことだろうと思うんですが、その文化・スポーツ・教育というところで、最初に出てきたのが社会教育、学校教育、家庭教育。次が芸術・文化の振興。3つ目がスポーツ・レクリェーション活動の助長というふうになっているので、一応この順番で一巡ずつ、一言ずつ御発言を頂いて、余った時間で今度こそフリートーキングにしようというふうに考えております。ところが、私も皆さんと同じ一分科会員ということで発言させて頂くことにして、今日1名欠席で13名です。13名の方に3巡して頂くと、1分ずつでも39分ということになるんです。今から1時間50分ですので、2分がいいとこだということで、一人2分お話して頂くと、残り30分はフリートーキング、つまり、一人一言時間を外した議論ができる。2時間というのはわずかな時間だというふうに、昨日夜中に時間の計算をしてまして、改めて愕然としてしまったのです。誠に申し訳ないんですけれども、最初は教育の分野で、皆さんに自己紹介を兼ねて2分ずつぐらい話して頂いて、次は文化の分野で、もう一巡スポーツの分野で2分以内ぐらいでお願いしていく、その分野はそれほど発言しなくても構わないとか、教育の分野との関係で発言させて頂きますという形でも結構ですので、2分以内ぐらいでお願いをするというふうに進めさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか。

欠席された夏井部会員の方から沢山の意見が、これを読むと2分じゃ絶対済まない、大体15分ぐらいかかる、欠席される方が一番沢山書いてこられたっていう気もするんですが、これは全体、3分野にかかりそうなことですので、フリートーキングの前にまとめて御紹介をさせて頂きたいと思います。

さて、私は基本的には今日は半分黒子ですので、それぞれの一巡の最後にお話をさせて頂くことにして、大野さんからお願いしてよろしいですか。まず、教育の分野について御発言を頂きたいと思います。

(1)教育

大野部会員

学校現場の立場から言わせて頂きますと、2002年から完全学校週5日制、新学習指導要領完全実施、新しい総合的な学習の時間ということが新設されまして、地域に働きかけるとか、その人材をどう活用するかなど、従来実施しておりました学校教育からどう脱却すればいいのかということで、教育現場としてはいろいろ工夫をしている段階でございます。

その中で、アンケートの中にも書かせて頂いたんですけれども、交流という視点、それからボランティアという視点、これは何とかならないだろうか。我々学校現場でも外に人材を求めていくときに、どういう活用の仕方があるんだろうか。それから、今、社会教育ということが話題に出ておりましたけれども、活用の拠点となる場所といいますか、公民館で一人の主事さんがいらっしゃっていろんな催し物をやっていますけれども、それだけにとどまらずに、例えばその公民館活動をもう少し活発にして頂いて、ボランティアの拠点にして頂くとか、子供たちが出やすい環境をつくって頂くなど、学校とタイアップしながらできるシステムづくりというのが大事なのではないかなと考えております。昨年5月の基本構想の重点戦略プロジェクトというのを見たんですが、人材育成プロジェクトが例に載っておりましたけれども、この中に教育関係の重点施策が入ってくるのかこないのかがわからなかった。もう一つ、他県の例を見てみますと、例えば神奈川県では「生きる力を育む教育の環境づくり」、三重県では「学校・家庭・地域が支える青少年育成プログラム」など、具体的な施策、プロジェクトが入っていたと思うんですけれども、愛媛県の重点戦略プロジェクトの中にも、例えば「思いやりのある心豊かな人づくり」とか、これはあくまで例ですけれども、そういう形で是非入れて頂いて、子供たちや学校が活動出来易いような、あるいは社会と交流し易いような拠点づくりを進めて頂いたらと思います。

尾崎部会員

教育・文化・スポーツ、別々に言うとなかなか難しいので、全部ある程度網羅したような話になろうかと思いますが、私はまず、こういう問題全体を考える上で、一般的な切り口を2つ考えています。というのは、今後の施策を考える上で、やはり1つは、いわゆる生活の質を高めていくと。これは福祉にしろ教育にしろ、文化にしろ、すべてのことが絡んでくるわけですが、生活の質を高めること。もう一つは、地域としての経済力をつけていく。生活の質を高めると言っても、基本的には経済力がなければ生活の質は高まらない。この2つがいろいろなことを考える上で要になり得ると思っています。ちょっと一般的過ぎると言われるかもしれませんが。

また、特に教育を考えるときに問題になってくると思うんですが、いろいろなもの、環境を整備する場合に、一般的、普遍的な環境の整備。というのは、具体的に言いますと、例えば今後情報時代になっていくことはもう100%間違いない。そうすると、基本的な情報技術というものをどうやって子供に身に付けさせるか、21世紀を生きていく上での普遍的にもう最低限これだけは身に付けておかないと非常に困るぞという部分がいろいろとあります。一方、もう一つは、普遍的な技能とか技術を身に付けさせるということ以外に、どうやって個性、感性を養っていくかが問題になると思うんで、これはちょっと別口で考えなければいけないと思っています。

切り口として以上述べた2つの点を考えてみますと、教育の面で言うと、やはり今言いました情報技術、情報技能をどうやって身に付けさせるかということが一番分かり易いんですが、21世紀を生きていく上で、少なくとも日本の国内で他の地域に遅れをとらないだけの一定の技能水準、技術水準を、最低限21世紀の生活をしていく上で生活に困らない、そして経済的にも困らないだけのものを、どうやって身に付けさせるかという観点が一つ要ると思う。もう一つは、やはりただ単に、情報技術を扱えるだけで人間豊かな生活を営めるわけでも、経済力がつくわけでもない。今後大事になってくるのは、その時にどうやって個性とか感性を養うか。これは広い意味でカルチャーというか文化という問題になってくると思うんですが、この文化という問題は、非常に難しいし、ある意味では情報化が進めば進むほど今後すべての物事が、経済も含めて芸術的になってくるという考え方もあるわけでして、感性がないところには恐らく経済力も育たないし、生活の質も高まらないだろうと。この感性を養っていく、文化を養っていく上で、これも非常に難しい問題なんですが、一番手っ取り早いのは、やはり愛媛にこれまであったいろいろな文化的伝統や文化遺産をどう掘り起こしていくかということで、夏井部会員も言われていることだし、ごく一般的な話で言いますと、正岡子規に連なるところの俳句の伝統というものがある。それから、やはり「坊っちゃん」を始めとした夏目漱石の文学的遺産というか、そういう流れもある。それから、道後温泉の持っている独特の歴史遺産としての価値もある。それから、これは非常に難しいところで、戦争を肯定するのかという説もありますが、やはり司馬遼太郎描くところの「坂の上の雲」に連なるところの、日本の近代化において果たした一つのシンボル的な活動が松山から生まれてきているということを何とか考えてみてもいいんじゃないかと。それから、私は新居浜なので、ちょっと手前味噌になるんですが、近代産業の発祥の地としての別子銅山、住友グループ、このことの歴史的意味というものも結構いろいろと考える余地があります。南予にもありますし、東予にもいろいろあるんですが、そういった愛媛の文化的伝統、また産業的伝統に根ざした個性というものの中で、他の地域に発信していけるだけのものをどう創っていくかと。今述べたような問題は、恐らく愛媛の人だけが関心あるんじゃなくて、恐らく日本全国の方、場合によれば外国の人も関心を持ってくれるだけのものがあると思います。だから、他の地域に対してどれだけ情報発信していけるだけの体制を組むかということを考えることが、ひいては個性や感性を養っていくことにもつながるんじゃないかと思います。

小林部会員

教育となると、まず今自分に、小学6年生、3年生、3歳の女の子3人がいるわけです。今6年生の女の子と割と向かい合って語ることが多いんですけど、最近、子供って何だろうなってよく思うんです。僕もテレビとかラジオ関係で、子供を守っていかなくちゃとか、子供を大事にしようとか言ってまして、子供は自分よりも弱きもの、自分よりも幼いもの、純粋でピュアーでとかと思っていたんですけど、意外と子供はもっと大人じゃないかなと。今頃の時代においてテレビとかいろんな情報が多い中で、僕らが思っている、私たちが思っている子供っていうのは非常に大人で、もっといい加減な生き物じゃないかなというふうに最近思うようになってきたんです。例えば街を歩いてみるとその子供たちが、非常にファッショナブルで、そのファッションだけで圧倒される。こちらの方が地味じゃないかとか、子供の方が個性があるんじゃないかと思わすようなファッションを身につけている。ところが実は、その個性豊かに見えるファッションというのはただの飾りで、マスコミとかはやり物のタレントとかの影響でそうなっているような気がするんです。ちょっと時代的にさかのぼると、ジャニーズ系のスマップというのがいますよね、木村拓也とか。あのスマップ以前の光ゲンジとかあの辺っていうのは、全部統一のユニホームで踊って歌っていました。それをスマップは6人それぞれの個性豊かな服装で割とちゃらちゃらとしたラフな動きの中で出てきたわけです。6人が一つの衣装じゃない、それぞれ豊かな個性で6つの光を放っている。現在5人になりましたけど、そういうところが子供たちに影響を与えていると思うんです。やっぱり服装って自分のオリジナリティーを持たなくちゃならんとか、子供の中でも買った既製服に自分で切ったり飾りつけたりして自分の世界を創る。ところが、そのことは上辺だけであって、本来のその子供の個性になっているかというと、そこが非常に弱い。じゃあその原因は何かと考えたら、僕はずばり、愛媛県の大人に問題があると思うんです。要するに、大きな背中を持って「かかって来んかい」と、そういう風な大人たちが僕は少ないと思うんです。例えばハーモニープラザという施設、全国にもありますが、これは路地裏の遊びが今の街構成の中で出来なくなった、だからハーモニープラザの中で、年齢がばらばらの子供を集めて一緒に何か語り、しゃべり、縦構造をつくろうというシステムです。その中にリーダー的な方がおられて、大人の方が「こうせい、ああせい、そんなじゃあかん」とか言う。大きな背中を持った大人がいるわけです。じゃあそれが教育現場とか日常の地域の中にいるかというと、一つは子供たちに何とか自由に遊ばせないといけないという優しさが弊害になっていたり、また何か文句言われたときに「そうだよね」と納得してしまう優しい大人が多い。もっと「お前らこう違うやろう。こういうふうにせんかい」と言うようなリーダーシップ的なものを持った、言葉を変えると大きな背中を持った大人たちがもっと愛媛に現われれば、子供たちの目標が出来るんじゃないかと。だから、上辺だけの個性、内面的な個性のなさを何とかカバーするには、目標を持って、ここにたどり着きたいというふうな何かを愛媛県は創らないと。どうも何か伝統的な保守的な流れの中で、優しくて真面目な子供であればいいんじゃないかという部分が、これでいいじゃないかという妙な優しさになっていると思うんです。もちろん教育者は一生懸命やられているし、ちゃんとシステム的にはやられているんですけど、僕は教育に関しては、そこにもう一つ人間臭い、「かかって来んかい」という、もっと沢山のそういう人たちの存在を期待したいなと思っています。

佐伯部会員

今後子供が少なくなってくるという状況の中で、現在幼稚園は3歳から入園出来るんですけれども、来年の4月からは、3歳になった時点、3歳のお誕生日を過ぎた次の日から入園が可能であるということを、文部省の方から打ち出されました。現在とても子供たちが少なくなっている私たちの業界なんですけれども、生活水準が低い方、また、リストラなんかで県内あちこちでお仕事がなくなった方も沢山いらっしゃるみたいです。御主人が仕事がなくなったら妻が働かなければいけないということで、共稼ぎの夫婦が増えてきている。そして、その子供たちはどこに行くかというと保育所に行かなければいけない。3歳になった時点でまだまだ家庭で親と子供とが一緒になって歩んで行かなければならないこの大切な時期に、どうしてもそういったところへ預けなければいけない、入れなければいけないという現実。また親たちも子供たちをどのように育てていっていいのかわからない、試行錯誤しながら子供を育てている方が沢山いらっしゃる。その悩みをどこに打ち明けていくかというと、まだまだ各地での支援センターというところが確立されていないように思うんです。そしてまた、その支援センターが出来ていても、専門の先生が少ない。やはり沢山のいい人材を、そういった支援センターに送り込み、また、各地いろいろな所で専門の分野の先生がいて御相談に乗って頂けるというような体制を確立して欲しいなと思います。

笹田部会員

私はかつて教育運動をしばらくやった一人ですが、古いタイプの者ですので、非常に内容が偏っているかもわからないので、事前にお断りをしておきたいと思うんです。

せっかくの機会ですから、一つ、二つ発言させて頂きますが、教育というのは、基本的には私は21世紀の世界と日本を背負っていく人づくりだろうと、このように考えております。

その立場に立って、これまた古い発言になりますが、今日本にある教育基本法に規定されております教育の目標なり目的なり、素晴らしいものがあると私は思っております。だから、今非常に荒れに荒れております学校、あるいは地域社会、あるいは家庭、そこでの教育もやはりその視点に立ってもう一遍見直してみるということが必要なんじゃないかと、そういう気がしてなりません。ただ、時間がありませんので、学校教育、特に小・中学校あたりの教育について感じておることを一つ、二つ申し上げますと、そのような立場に立った場合に、愛媛の教育で21世紀にはっきりさせなきゃならないのは、今出されているレポートにもありますけれども、かつての愛媛の教育っていうのは、やはり管理主義教育であったということは、もう誰も否めない事実、否定できない事実だと思うんです。これはやはり今なお現場で引きずっているんじゃないか、私はそう思えてならないんです。そういう意味で一口に言いますと、管理教育をなくしていくという、その視点をやはり大事にしていきたいなと、そう思うわけです。そういう立場で教育基本法の話もさせて頂きました。

そこで、これまた古い言葉になりますけれども、私どもがよく使っておりました学校教育というのは、子供たちにとって本当に楽しい学校であるということ。それから、そのためにやはりわかる授業でないといけないということ。子供たちそれぞれ理解の早い子、遅い子がいるわけですから、教育そのものが画一的であってはならないということ。そういうことだろうと思うんです。しかも、そこには管理主義というのが働いてはいけない。特に先生に対する行政なり、あるいは上からの管理があっては、これはもう教育ではない、教育現場は成り立たない、そのように私は思っております。そういう意味で子供たちにとって本当にわかる授業をやるためには、今の40名学級がいいのかどうなのか。よく言われております30名以下学級に、早急に改めていかなければならない問題ではないか、このように思っております。

また、先生方が本当にゆとりを持って教育実践に取り組むことができる。よく言うんですけども、そのために今大事なのは、教職員がやはり自由に教育を考え、そして計画をして自由に実践するという、いわゆる教育の自由というものをしっかり教職員に保障していくべきであろうと。そしてまた、文部省もよく以前は、1時間の授業をするためには1時間の準備が必要なんだと、こう言っておりました。これは正しいと思うんです。今現場の先生方にそれだけのゆとりがあるのかどうなのか。あるいは職員会議は一体どうなのか。あれは単なる教育行政からの伝達機関になっていないのか。本当に一人の子供のためにいわゆる研究討論をする場になっているのかどうなのか。つまり、それらを正していくためには、基本的に今の管理教育を正していく、無くしていくこと。そして学校において、子供にとっても教職員にとっても教育の自由というものが保障されること。そこから初めて生き生きした学校づくりが出来るであろうし、いわゆるわかる授業、楽しい学校づくりが始まってくると、このように思います。

鈴木部会員

私は教員生活のほとんどを特殊教育の世界で過ごしてきておりますので、特殊教育のことについて述べさせて頂いたらと思います。

本県にも、盲学校、聾学校、養護学校があり、養護学校は肢体不自由養護学校、病弱養護学校、知的障害養護学校と3つの種類の養護学校がございます。そこで本県でも1,000名近くの児童生徒が、一生懸命社会自立、あるいは職業自立を目指して毎日頑張っております。向こう10年というようなものを見通した場合に、特殊教育についてみますと、その教育の場の確保、今の状況で果たしていいのだろうかというような、そういったところを是非またお考え頂いたらというふうに思います。特に養護学校教育は義務教育になりましてまだ20年の歴史しかございません。昭和54年にやっと義務教育になったところで、昨年2つの学校が創立20周年を迎えたわけでございます。小学校や中学校の健常な子供さんの場合には、自宅の近くに学校がありますから、自宅から通学ということが当たり前のことになっておりますけれども、特殊学校の場合には、自宅を離れ寄宿舎生活を送っている子供さんも大勢いるわけです。そういった状況を考えた場合に、肢体不自由養護学校は1校ですけれども、そういう形でいいのか。あるいは知的障害養護学校が今3校でございますが、3校でよろしいのか。もっと自宅から近くにというようなことが考えられないか。福祉の面とも大いに関係はしてくるわけですけれども、私、いつも親御さんの気持ちもよく伝わってくるものですから、そういったことが、頭から離れません。

玉井部会員

私は学校教育に長い間勤めまして、社会教育の方にも行かせて頂きましたので、教育という視点では非常にいい勉強をさせて頂いているんじゃないかというふうに思います。

第1回目のときにもお話ししましたが、まず第1点目は、子供たちが中学生、高校生も含めて、いろいろなことが体験できる地域づくり、これがまず今後求められるんではないかというふうに思います。詳しいことは申しませんが、いろんな子どもの問題行動は、この地域づくりによってほぼ解消できるような気がいたします。

それから、特に青少年、中学生、高校生が地域で活躍できる場がほとんどありません。いろんな場でいつも問題になりますのは、この中学生、高校生の問題でございます。こういうことについて私ちょっとこの間もラジオで聞いたんですが、他県で高校生がうまく地域で活躍できる場を工夫しているようでございますので、いろいろ知恵を出せばその可能性は十分あるんじゃないかというふうに思います。

それから、いつも言われることですが、家庭教育が大事だ、家庭の教育力が落ちた、地域の教育力が落ちたとは言いますが、そこまでなんです。それで、そこから後どう踏み込んで行くかというのは、一番最初の大野さんが言われましたように、公民館活動を活性化する、つまり、地域づくりの中核にすること。言い換えると社会教育を充実していくということになるんじゃないかと思うんですが、そういうことが私はこれからとても大事じゃないかと思います。その中で、私はやはりボランティア活動が、青少年を市民として育てるんじゃないかと。いろんなボランティア活動の場をどうこれから工夫していくかということを、これから10年先に向けていろいろと考えていかなければならないんじゃないかと思います。

中部会委員

私どもはPTA活動の関係で今回の会議に参加させて頂いているということで、親の立場から今の教育を見るということで少し話をさせて頂きたいと思います。

核家族、少子化、そういうような問題が非常に当たり前になってきたというか、その中でやはり家族、家庭が機能しなくなった。今までは例えば、生きる力を育てる、自立する力を育てるっていうものが、家族の中であったのに、今はそれがなかなか家庭の中で発信出来ない。例えば若い子供たちが子供をつくって、その子供の育児に悩んでいるというように、家族の中で子供たちを育てられなくなっている。そういう意味でその受け皿というものをこれからどういうふうに創っていかないといけないかというのを、これから考えることだと思うんです。そういう意味では、私もその地域の中の核になるものは公民館活動だというように思っております。もう学校だけでは機能しなくなった。家庭だけでも機能しなくなった。学校ももっともっと門を開いて頂いて、どんどん地域を受け入れてもらいたいし、家庭も積極的にいろんな活動の中へ参加していかないといけない。公民館活動も保護司さんがおり、民生委員さんがおり、消防士さんがおり、いろんな団体があるんですけど、全部縦割りになり、なかなかネットワークが出来ない。その中でやはり公民館を軸とした核づくり、ネットワークづくりをしていかないといけない、地域づくりをしていかないといけない。この地域そのものが人を育てる土壌、要するに教育の現場になってくるんじゃないかなというように思います。例えば、これからの職業体験というのはもう中学生で始まると思うんですけど、そういう意味ではその地域の企業もこの公民館活動の中の主体者となって参加して頂くとか、子供を守る組織として参加して頂くとか。そういうことも踏まえて公民館活動がこれからの教育の軸になるというように思っております。

二宮部会員

私が教員をしていたときは、本当に「お母さん方しっかりして」と家庭教育ばかり批判していたと思うんです。仕事を辞めて家庭に入ってしまうと、何かお母さん方の本音が聞こえたりして、「ああ、なるほどなあ」といろいろ考えることが増えてきました。やはり教育を考えるときには、学校と家庭教育と、それから地域教育という3つがあると思います。

まず、私主婦ですから家庭教育のことから考えると、今までいろいろ言われたように、やはり大人も生き方に悩んでいて、そしてそれを自信を持って伝えられない、または自分の子供だけど自分の育て方に悩んでいるというようなことを、いろんな人と話していて感じます。家庭教育については周りからとやかく言えない、本当に今家庭教育は、家によって千差万別いろいろだと思います。ここで語れるのはやはり学校教育とか地域教育のことだと思います。

まず、学校教育についてですが、私は4点ほど言いたいことがあります。
一つは、やはり40人というのは、一人の教員にはしんどいんではないか。だから30人学級またはもし出来るものなら1クラスの人数がそれ以下になることを希望します。

それから、2つ目、現在スクールカウンセラーというのがあると思うんですけれども、相談しに行くと、「お前何しに相談に行ったんだ」とか言われそうで、相談に行きにくいという現状を聞いたことがあります。本当はいいことのために置いてあるのに活用されてなくて、悲しいと思います。でも、決して悪いという意味で言っているんではなくて、それも一つのいい現状だと思います。
それから、3つ目、前にもちょっと話しましたように、学校図書館に専任の司書を置いて欲しいというのが私の希望です。図書館というのが、本当にただ情報を得るだけではなく、そこから発信して先生方の授業が活性化されたり、先生方の雑用が楽になったり、専任の司書を置くことによって本当にいろんなところが変わるということがありましたので、とにかくまず専任の図書館司書を置いて欲しいということを願っております。

それから、4つ目、今頃よくボランティア、ボランティアと言われます。私もPTA活動もしていますし、いろんなボランティア活動をしており、お母さん方、お父さん方いろんな力を持っていますから、協力して頂くというのは大いに結構で、それによって学校の状態を知って頂いたり、お母さん方も学校に対して批判的というよりも協力的な見方で見ることが出来るんじゃないかと思うから賛成なんですが、ただ、県の方からボランティア、ボランティアと頼られ過ぎると何か不安を感じます。ボランティアに頼らないようにというちょっと警鐘をしたいと思います。

それから次に地域についてですが、やはり子供を育てるのは家庭だから、家庭が基本なんですけれども、いろいろ考えるに当たってやっぱり子供を育てるのは学校と家庭と地域だと思いますので、今言われましたように、公民館の活動、それから親同士のネットワーク、それから子供とかかわる人材を育成して欲しいし、それに補助金を出すなど、そういうことをして欲しいということが1つ。
それから2つ目、中高生がやはりすごい力を持っていながら、今現在地域においてはその力を発揮出来なくて残念だなと思います。例えば秋祭りなども小学生のお祭りになってしまっているところが悲しいし、ほかの地域活動をしたときも、小学生は来るけど中学生は来ない。本当はすごくいいものを持っていますので、中高生が言いたいことを言ったり、活動出来たりする場が地域に欲しい、公民館の活動の中に欲しいと思います。

それから、中高生や小学生すべてに係わるんですけれども、遊び場、または創造の場、自分を開放出来る場がないんです。いろんな施設が出来ています。公園も出来ましたし、子供の城も出来ました。でもやはりまだまだ「してはいけない」が多過ぎます。ボール遊びをしてはいけない、おじいちゃんおばあちゃんがゲートボールするから邪魔をしてはいけない、いろいろあります。やはり子供たちが自由に遊べる場がなかなかないなあと思います。

それから最後に、異年齢集団がなかなか作りにくいです。家の前で集めたり公園で集めたりと、たかがしれてはおりますけれども、私も身近なところでやっていますが、異年齢集団で活動することが少なく、遊び文化が子供たちに伝わらないようになってきているなあと思います。石蹴りも今親が教えていますし、そういうふうに文化の継承が出来ていないということを今感じています。

林部会員

開業医をしています林と申します。中学校、小学校3校の学校医を16年やっておりますが、その中で実際に感じることですが、1つは、先生、生徒、それからPTA、ほとんどもうゆとりがないですね。私は小学校のPTAの役員もしていますが、非常に呼び出しが多くて、何でこんなに会するんだろうかというぐらいで、本業が出来ません。特に会長になりましたらすごく多くて、ほとんど自由業の人じゃないとできないというような現状ですが、会へ行ってみますと、まとめればものすごく回数が減るんじゃないかなというのも結構あります。小学校で理事会とか沢山ありますんで、すごく負担になっていまして、PTA役をするのをみんな押しつけ合うというのが現状だと思います。

それから、学校医としてもう16年やっていますんで、16年間ずうっと生まれたときから子供さんを見てきていますが、やはり中学校に行くといじめ、不登校という問題がある。もうかなりの経験をしていますが、やはり最終的には校長先生が何か管理されている中で、最後の発言をしてもらえない。ここで校長先生が一言発言してくれたら解決したのにという経験がかなりありますんで、何か先生が管理されているというようなシステムは是非なくして欲しいなと思っております。

松下部会員

この会の話が最初に来たときに、私は保健体育の教員をずっとやっておりましたので、スポーツ関係で事足りるんかなと思いながら先日来たら、先ほどの分科会長さんのお話のとおり、私の出る幕じゃないかなと思いながらちょっと戸惑ったんです。けれども、先日、企画課の方からいろんな資料を送っていただく中で、ちょっと気になりましたこと、あるいは先ほどの皆さん方の話を聞きましたら、学校現場がかなり受けて立たないといけないような内容があったような気もするんですけども、その辺はおいおい部会の中でお話しできたらなと思います。

まず最初に、この教育・文化・スポーツという項目建ての仕方に関連して、資料3「県民生活に関する世論調査」の8ページの中で、社会教育、学校教育、家庭教育、芸術・文化の振興、スポーツ・レクリェーション活動の助長というような5つの項目が選択肢の中に並べられていたのですが、こういった5つの並べ方、それぞれ異質のものじゃないかなというような気がして仕方ないんです。例えば学校教育、社会教育、家庭教育3つならある程度わかるかなと。それに併せて文化あるいはスポーツ、こういったものが同じレベルでの選択肢の中に入ってくる、こういった組み方は、長期の世論調査をするためのデータとして、本当にこういう分類の仕方がいいのかなと。これが最初の文化・教育・スポーツ、これをどういうふうに分類するか、あるいはどういうふうに体系化していくかに私はつながってくるんじゃないかなと思います。

それから、内容的に教育に関しては、先程の40人学級の問題とか、あるいは学校図書館司書の問題など、学校も正直言って内在しておる問題はいっぱいあると思うんです。ただ、余りにも単純な内容じゃないということ。今県下で40人を切っておる学級、例えば30人以下の学級がどれくらいあるのか。法的に40人以上というのを切られておりますけども、実際41人おる学年は、20人と21人の学級編成になっているんです。40人学級の規定の中で、41人になれば2クラスになってくる。ところが一方愛媛県は非常に僻地の学校が多く、私の学校もその中の1つなんですけども、例えば面河中学校で言いましたら、今私の学校は全校生徒26人です。26人ということは学年、学級が10人以下です。1学年11人おりますけれども、こういった現実もかなりあるんです。ですから、単に40人学級だからいろんな問題が起こるのかどうかということについては、県下の様子をずっとチェックしていけば、そのあたり何かひとつ出てくるんじゃないかなというふうな気がします。

それからもう一つは、私がずっと気になりましたのは、家庭教育、学校教育の方を考えていく中で、今女性の社会進出という問題が出てきていると思うんです。社会進出を助長するために、保育所等の整備が必要云々ということを言われます。私はある面でそれ大変大事なことであろうなというふうに思うんですけれども、逆に子供の立場に立ったときに、先ほど佐伯先生の方から2歳の子供がそういった保育園等へ行くことが云々いう話が出ておりましたけども、本当に小さい間に親元を離れるための、受け入れ態勢が出来るのが本当にいいのかどうか。この裏腹に、そういうふうに仕事をせざるを得ない現実、収入の問題もあるんでしょうけども、そういった問題も踏まえて考えないと。ただ施設を作ればいいというのではない。私はむしろ子供は小学校へ行くまで、あるいは午前中の幼稚園云々というあたりが、親と離れる限界かなという気持ちがしています。3歳、4歳という間に母親の懐の中で育む教育的な効果というのは、私はものすごく大きいんじゃないかなと。先日テレビを見ておりましたら、番組は忘れましたけれども、タコが出ておりました。タコが卵を産んで岩肌の中へずうっと、産んだら6カ月ぐらいタコが卵から出てくるまでにかかる、その間母親がずうっとべったりそこへついて外敵から守りながら、あるいは雄ダコから守りながらして、半年やっとタコが出て行った段階で、親はもう力果ててそこで死んでしまう。6カ月間いわゆる子孫保存のために自分をまず犠牲にして云々という場面があったんですけども、ああいったことを見ながら、本当に人を育てていくための母親の力というのを、もう一回再認識する。そのあたりから僕はじっくり話していく必要もあるんじゃないかなというような気がしました。それは今の家庭教育、あるいは学校教育、社会教育をどういうふうに分類するかも含めてなんですけど。

藻利部会員

私はこの専門分科会に委員として参加せよと言われたときに、非常にとまどいを覚えました。メンバーの方を見せて頂くと、学校の現場からは教頭先生とか校長先生の名前が挙っている中で、私一人教諭だったわけです。そのときに管理職の先生にお話をして、これ私が受けていいものでしょうかということを言ったんですけれども、これは10年先のことだから、10年先に教員をやっている者もメンバーに入っていないとおかしいんだということを言われまして、そういうことだったら自分自身としても役割があるのかなと思ってこの会に参加させて頂きました。

まず、1回目の会の時にもちょっと感じたんですけども、こういう形で現場の教員の意見というのを聞いて頂ける場面、参加させて頂ける場が出来たということに対して、ものすごく変わってきたんだなという印象を強く持ちました。ぜひ教育というものに関してコミュニケーションが出来る場面というものを数多く作って頂けたら非常に有り難いんではないかなと。自由な雰囲気の中で言えるような、そういう場面を創るということが非常に大切なことではないかなというふうに思います。ただ、テレビ放送もあるみたいで、フラッシュを発せられると、ちょっと緊張してしまったりするのも教師の性かなという感じがするんですけども、まずそのことを1点言っておきたいと思います。

細かいことも、言いたいことがいろいろあるんですけれども、まず私が大きな観点から見て言えば、知事の選挙のときのパンフレットというかリーフレットの中にあった、「子供も先生も伸び伸びと」という、教育の分野に関するスローガンだと思うんですけれども、子供も伸び伸びと、先生も伸び伸びとというその言葉、そのスローガンをいかに具体化していくかということがものすごく問題になってくると思います。ですから、教育という分野に関して言えば、そのスローガンをいかに現実のものにしていくかということが非常に大きなことではないかと思います。具体化していく段階でいろんな個々の細かい問題がものすごく出てくるんではないかなというふうに思いますけれども、それはまた別の問題として考えていかなければならないと思います。

キーワードというか、言い古された言葉ですけれども、ゆとりと充実というか、子供たちが生きがいとか、そういったものを考えられるような、状況とか環境を整えていかなければならない、子供も先生も含めて、もっと言えば社会全体のゆとりというか、そういったものも考えていかなければどうしようもないんじゃないかなというふうに思います。

学校現場にいる者として、私が前々から考えていることの一つに、基礎基本という言葉と、応用という言葉があるんですけれども、今それがものすごく混乱している状況ではないかなという気がしているんです。何か基礎基本なしで応用を先に求めているというか、社会も、場合によってその保護者もそういうものを求めている状況にあるんじゃないかと。やはり土台をしっかりつくった上で個性とか応用というものが出てくるんではないかなというふうに思います。ですから、発達心理学とかそういった分野から言えば、やはり発達段階を確実に経た上で大人になっていくという、そういったことをしっかり見直さないと、子供たち自身もわかってないと思います。今の社会の状況を見れば、すぐに飛びつきたくなるような、そういう環境というのはものすごく多いと思うんです。ですから、僕たちが育ってきた環境というのを考えた場合には、何かこんなことは高校生のときにはしなかったなということをもう既に十分いろんなことをやっています。ある生徒なんかに言わせれば、17、18才になった段階でもうおばさんになってしまったとか、そういう表現を使うこともあったりします。ですから、そういう意味では我々が基本的に考えていかなければならないのは、人間はある段階を確実にクリアしながら大人になっていくんではないかと。それは個々一人一人の子供によって、人間によって違うと思いますけれども、全体的な段階としてはそういうものを踏んでいかなければ、欠落した部分が出てくる、後々いろいろな問題も出てくるというようなことも踏まえた上での教育改革の視点ということも考えていかなければならないのかなというふうに思っています。

徳永分科会長

ありがとうございました。恐れていたとおり、教育だけで45分ぐらい。実は最初からある程度わかっていたことで、2分といってそれが3分半になるだろうと、これで半分時間使うだろうというのはかなり戦略的で。というのは、全体会のときに部会員の方もこの関係の発言が多かったものですから、これからやれば時間は半分過ぎて、残り半分は文化とスポーツで終わるんだろうと。それで私の方はもうしゃべらなくてもいいんですけど、ちょっと申し上げますと、今出てきた、キーワードになるような言葉としては、いろいろレベルの差はありますが、複数出てきた、ないしは付言して言えばそういうことだというのでは、「交流」という言葉が出てきました。交流は、さまざまなレベルの交流の問題が出てきまた。それから「ボランティア」、これは恐らく広い意味での「社会貢献」だと思うんです。それから「生活の質」という問題が出てきましたが、これは広い範囲の問題。それから「個性」。それから「管理教育からの自由」という問題。それから鈴木部会員さんの方から養護学校の話が出たんですが、これは要するに「多様な人々が生き生きと生きられる」そういうふうにまとめさせて頂きました。それから、ボランティアとかかわってちょっと前後しますが、「公民館」、これは恐らく交流・ボランティアのところに入ってくる問題として何度も出ました。それから、肯定的な面と若干疑問も差し挟まれたことと両方とで、「女性の社会進出」という問題が教育と強くかかわっているということが出てきました。それから、交流の言葉と言い換えられると思いますが、「コミュニケーション」という言葉が出てきました。それから、最後に藻利部会員さんがおっしゃった「ゆとり」という言葉も何回も出てきました。「生きがい」という言葉も出てまいりました。恐らく今言ったような言葉というのは、それぞれ皆さんのとらえ方は違うと思うんですけども、皆さんの頭のどこかにひっかかっていることだろうと思います。

私もちょっとだけ付け加えさせて頂きます。私は大学で教えていまして、昨年から愛媛大学でも非常勤講師で授業を持っているんですが、何が辛いかというと、学生が自発的でないんです。例えばこの地域で一番大きくて、地元の大学にやるんだったらそこが一番いいと思われている愛媛大学の場合でも、学生自身が言っていました、言われたことはちゃんと出来るんですと。優秀な学生ですが、野放しにされた段階で困るんです。私は割と野放しの自由題のレポートに近いものを出しますのでパニックを起こします、と話してくれるのはまだ女性なんです。より男がひどいんです、端的に言えば。言ったことは出来るんですけど、要するに問題発見能力というのは非常に低いんです。これは私だけではなくて、他都道府県から来られた大学の先生は割と皆さんおっしゃいます。これが地域の特質なのか単にたまたまなのか、まだちょっと判断は留保していますけれども、問題発見能力というのは基本的に個性につながることなので、何とかこの問題発見能力を高めてもらえないかという思いが非常に強くあります。一つには、我々ずっとやってきたことを反省しつつ思うんですが、今まで学校教育ってどっちかというと、学校とか学生さんの周りにある問題を取り除いてあげようとしてきました。こんな問題があったら彼らかわいそうだから一応排除してあげようと。ところが、現実には問題はいっぱいあるわけです。社会に出たらもっとたくさん問題があるわけです。問題発見能力及びそれを何とか解決していく能力っていうのを、むしろ養ってあげた方がいいのかなという気がします。つまり、どんな問題が出てきても、一々そこで大慌てをしないという。具体的に見つけられれば私はすぐ論文でも書くんですが、そうはなかなかいかないんでちょっとまだ抽象的ですが。

もう1点、社会教育ということに対する関心が高まっているわけですが、先日の愛媛新聞でも高齢者大学校に対するアプローチというのが非常に多かった。実は私も高齢者大学校でもう5年ぐらい6月に授業をさせて頂いているんですが、実に熱心で私なんかの授業で多少は楽しいんだろうかという不安になるぐらい。そういう不安を持つことは、実は普通の大学で教えているときにはほとんどないんです。ということは、つまり私にとってみれば大変ありがたい場なんですが、高齢者に限らず社会的な再教育を求めている人たちはすごく沢山います。私の勤め先でもオープンカレッジといったシステムをつくって、学生の授業の中で、単位をもらわなくてもいいからという学生さんを学生並みに扱うというシステムを作りました。作った時に、うちは私立ですから宣伝費用が出ないんです。宣伝してくれれば絶対こういうことを望む人は沢山いる。つまり、小・中・高校も含めていろいろな形で学校やそれ以外の場、公民館などの活用、高齢者大学みたいなシステムをつくってもいいですけども、社会の中でもう一遍違った形で勉強したいと思う、恐らく無限とも言える人たちを支援するシステムを私はぜひ創って頂きたいということです。ほかのことに関しては皆さんが出してこられたキーワードとほとんど異論がございません。

(2)文化

徳永分科会長

後1時間ですので、今度こそ1分ぐらい、今までの半分の時間で話して頂かなくてはいけないんですが、まず文化ということです。

実は、一言だけ先に言っておきますと、私2年ぐらい前にすごくショックを受けました。何かというと、その時たまたま愛媛県の文化振興指針策定委員会の、何故か伝統芸能の部会員になったことがあったんですが、その時に、松山市の市議会議員選挙がありました。確かNHKさんだったと思いますが、議員の候補者さんと、それから市民にアンケートを取りました。どういうことかというと、『どういう政策に期待をしますか』ないしは『どういう政策を重点的にやりますか』。文化・芸術という項目がありました。市民からも市議会議員さんからもゼロでした。私ちょっと衝撃を受けまして、一応多少なりともかかわっている立場の者からすると、えっ、どちらもゼロなのっていう非常にショックを受けたことがあります。ちょうどそのときに県が生活文化県政って言ってたもんですから、随分考えたことがございまして、その一方で、今回のアンケートを取ると芸術文化の振興13.2%と出てくるわけです。この分け方については、松下部会員さんの方から出たように問題があるにせよ、これは何なのかということをずっと思っておりました。時間1分と制限したんですが、是非積極的な御発言を頂きたいというふうに思います。

藻利部会員

結局学校教育だけでは教育ということはどうにもならないということで、教育という観点から文化というものを考えさせてもらったらと思うんです。先ほどから地域とか家庭とかいうものが出ていますけれども、私自身が思うのは、社会全体が持つ教育の力と、先ほど小林さんが言われましたけれども、大人の背中とかそういったものを見る中で育つものというのが必要ではないか。だから愛媛という自分の地域、その中にいること自体が教育的な雰囲気という、そういう文化を創っていく必要があるなというふうに思います。それにはかなり大人が責任を負わなければならないんではないかなというふうに思います。ですから、そういう観点から文化というものを見直していく必要があるのではないかなと。私が思うのは、コマーシャルとか商業ベースに乗った文化というか、そういったものは基本的には避けるべきではないかと。長い目で見たときにはそれは非常に重要なことではないかなというふうに思います。

松下部会員

文化は非常に捕らえづらいんですけれども、学校でいろんな教授活動をなされていると思うんですけども、これほとんど文化活動につながる中身じゃないかなというふうに思っておるんです。むしろ私が言いたいのは、学校を離れた方々にそういった文化活動をどういった形で教授できるかということが課題になってくるんじゃないかと思うんです。私は正直この10年先云々いったときに、2002年には、学校週休2日制、週5日制が完全実施されると思うんですけれども、今、日本の社会の中でいわゆる文化の殿堂っていう言葉で置きかえたらどこが出てくるかいうと、恐らく学校じゃないかと思うんです。そういう意味ではこれから学校開放、学校の施設をいかに社会へ開放していくか。もちろん学校教育に差し障りがあるんでは困るんでしょうけれども、土・日あるいは夜、今いろんなところでそういった社会スクール的なことがあると思うんです。生涯学習センターが2、3年前に出した学校開放ということの調査発表があったかと思うんですけども、はっきり数字は覚えてないんですが、その学校開放の実情が、体育館、運動場、こういったスポーツ施設に関しては8割前後の学校開放をやっている。図書館とか、あるいはそれ以外の調理室とか音楽室とか、あるいは最近どんどん学校へ入ってきておりますコンピュータルーム、こういったところを開放しているとこはわずか数%だったと思うんです。このあたりを考えたら、もっともっと学校を開放できるんじゃないか。そういったことのシステム化をしていけばもっと広く社会教育に貢献できるんじゃないかなというふうに思います。ただ、管理的な立場から校長云々と言われると非常に心苦しいんですけれども、恐らくその設置者としての地教委が、社会教育の一環としてそういったことを管理・運営を含めて対応出来れば十分いけるんじゃないかという気がします。

二宮部会員

文化をここで語る上で、いろいろな個人的なものと、それから地域文化があると思うんですけど、私はこの中で特に言いたいのは、愛媛県が「好き」「嫌い」とかいうときに、その文化を十分受け継いでいる人は結構好きという人が多いと思うんです。例えば私の友だちなんか東予の方で祭りは絶対帰らなくちゃと言うんですけれども、やはりそういうことが地域への愛情ということにつながっていくと思います。だから、そういう意味で地域文化を次の世代に伝えていくということを、県として考えるべきだと思います。

それから、個人的な文化として今よく言われる、社会教育とか生涯教育とか、そういうのを考えていくときに、先ほども言われたように、学校という施設を開放して頂くというのも一つかなと思います。

それから、ちょっと小さいことになりますけれども、県もいろいろなところで文化の助成をしてくださってて、私も毎年松竹歌舞伎に行かせて頂くんですが、いろんなところで県が助成してくださっている文化活動を、宣伝が少ないので知らない人が多いと思うんです。もちろん宣伝費用がかかるからだということも聞いてはいるんですけれども、せっかくお金をかけて文化活動への補助をしてくださっていますので、そういうときには県民みんなが興味があって受けたいという情報が得られるように、そういう宣伝もいるんじゃないかと思います。

あと最後に、個人的な考えとして、やはり文化を伝えるとこは学校だと思います。また個人で劇を鑑賞しようとするとすごく高いですから、補助して頂くと有難いなと思います。

中部会員

文化・芸術というテーマになると非常に幅が広くてどこを答えていいのかちょっとわからないんですけど、子供たちの立場から見ると、地域活動の中で伊予漫才とか水軍太鼓など、地域の大人のやっていることを自分たちが一緒に引き継いでいこうという、何とも言えない責任感を持ちながら、また、そういうことをすることに誇りを持ちながらやっている地域もあるということです。僕はこれは文化の継承ということで、やはり今の大人、また、お年寄りたちが持っていた過去の生活の中からの楽しみというものを、いかに子供たちにも共有してもらうかというところに文化の重みというのはあるんじゃないかなと思うんです。そういう意味では伝えていくもの、そこにはリーダーが要ったり、場所があったり、また、そこを取り巻く環境といったようなものも要るんだろうと思うんですけど、やはりそこをきちんと守ってあげるということ。もう新しいものばっかりに目を向けて、そういうところには余り目を向けないで、興味のある人だけがそこに参加すればいいというんじゃなくて、そこに育った使命感みたいなものが、多少でもそういう文化の継承の中に育っていけばいいんじゃないかなと思うんです。そういうものが地域地域の中に細ぼってはいるんですけど、必ず残ってはいるというふうに思っています。

玉井部会員

何人かの方が言われましたが、一つはやっぱり地域の伝統的なものを掘り起こす、継承するということです。これは地域の伝統的なものを受け継ぐというだけではなくて、長い間日本人の地域の祖先が築いてきたもの、いろいろな、もういわく言いがたしのものがあると思うんですが、その中で私は、ちょっと言葉が悪いんですが、掟のようなものを知る、そしてそれを受け継いでいく。これは今の日本の社会に、あるいは地域に求められているものではないかというふうに思います。

次は、新しい文化を創造していかないといけないと思います。今まであるものに新しい付加価値を与えて、つまり、流行のフィルターをかけて、それにまた新しい価値を与えて発信していくというような、そういう創造を私は考えています。

それから、私もいろんな国際的な文化活動、文化的なことに触れたいということでよく新聞も見るんですが、大体広島止まりで、愛媛、松山へ渡ってこないことが多いんです、行きたいのに。そういうことを松山あたりでも出来るような方策も考えて頂きたいと思います。

鈴木部会員

学校開放につきましては、松下部会員さんと全く同感でございます。特殊学校は特殊学校として、出来るだけ学校を地域に開放していきたいというふうに思います。

また、本校の高等部の子供達は、今年全国の高等学校の総合文化祭に愛媛県代表として山形市まで行きまして、1,600名の聴衆の方に演奏を聞いて頂くということを経験をいたしました。子供達すごく可能性を持っております。学校教育の中でそういうふうに私たちがきちんと指導をすれば幾らでも伸びるのだなということを教員全体が、学校全体が感じ取って帰ってまいりました。そういった子供たちが、今度学校を卒業して地域に入った場合に、そうやって育った文化性といったものが発揮出来るような社会教育との連携といいますか、その地域社会の中でそれが十分活かせるようなことも大事なことではないかなというふうに思っております。

笹田部会員

私はよく労働組合の方へも出入りするんですけれども、愛媛県の労働運動の中で一番欠けているものは何かといったら、芸術・文化活動だそうです。これは組合の幹部の皆さん方がよくおっしゃる。しかし、最近その方面に目を向けだしたということは非常に結構なことだと思いますし、そのあたりへの援助はどうかと。あるいはまた、先ほど来お話がありました文化の継承、そして新しいものの創造、これは非常に大事なことでありますけれども、一部それを専門にしておる友人に聞きますと、「愛媛県というところは何と芸術・文化に冷たいところよ。」と言いますので、「そんなことあるか、生活文化県政だぞ。」と言いましても、「お前視点が違う。中身はどうぞ、人はどうぞ。」と、このようなことを言われる。これは私だけの経験ではないと思うんです。そこで一言だけ。

愛媛県の場合に、芸術文化、この所管というのは実は知事部局なんです。ある程度これは専門性が伴いますし、人の問題がありますので、教育委員会に移管してはどうなのか。というのは、70市町村は全部教育委員会が所管している。そのことを指摘させてもらいます。

佐伯部会員

感性豊かな心を持った親がとても少なくなっているから、学校に文化文化と頼ってくるのではなかろうかなという気がいたします。もちろん学校も大事なことですけれども、感性豊かな子供を育てるためには豊かな心を持った親が、美しいものを「これはきれいね、美しいね」と語れる親がいてこそ初めて子供の心が育つんだと思うんです。そういった豊かな心を持った親が子供を育てる。そして親子が楽しめる。そういった豊かな心を持った親が子供とともに楽しめる施設、設備、場などがとても愛媛県には少ない。先ほど玉井部会員さんの方から、広島止まりで松山へ是非イベントをということでしたけれども、私たち今治の人間にしてみたら、松山はまだまだいいところであって、今治なんていうところは本当に何もないところです。最近市立図書館が出来て、玉川に美術館が出来てというような、私が思うにはそれぐらいしかない。あとはちょっとした遊び場があるけれども、今治を避けて通って大西に公園が出来たり、玉川に公園が出来て、東予市に公園が出来て、今治は何もないねっていうような街なんです。だから前にも言いましたけれども、せっかくしまなみ海道が出来て尾道から今治に橋がかかって、今治にたくさんの観光バスが通るのは通るんですけど全部素通りです。私の家もインターチェンジの近くなんですけども、開通したときには、観光バスでうちの車庫に車が入れないほど混んでいる。けれども、みんなそのバスが松山の道後の方へ向いて行っている。今治のことだけではいけないんですけれども、今治も含めて、ほかの地域でもそういった親子で楽しめる文化施設をたくさん建設して欲しいという気がいたします。

小林部会員

私の愛媛の文化を盛り上げる基本は、持論としてはエンターテーメント性だと思っているんです。エンターテーメントというのは自分の考えとしては、「人を楽しませようとする気持ち」と解釈しているんですけど、先ほど問題発見能力という言葉があったんですけど、自分が企画制作会社の代表をやっていまして、うちの若いスタッフなどに、クリエイトする、空気から物を創造することを求めたときに、なかなか出来ないんです。それをいろいろ見ていると、結局目立ちたがり屋の精神がちょっと弱い。愛媛県の方は何か一歩踏み出して目立つなと思ったとき躊躇して、みんなと一緒にいようという。その目立ちたがり屋の精神があればぱっと自分が出て行き、嵐の中へ飛び込んだら、「何とかせないかん」という、そこから問題意識の解決能力というものが生まれてくると思うんです。うちのスタッフも愛媛県出身、僕は大阪なんですが、やっぱり見ていると、愛媛県出身のスタッフに、もうちょっとエンターテーメント性、もっと人を楽しませようという気持ちを持って欲しい。この前の会議で言いましたように、僕はしまなみ海道の大三島のステージで、5月1日からもう100を超える伝統芸能、創作芸能、音楽を見ているんですが、広見町の『魁』という太鼓を見たときに、やっぱり心躍って感動しました。そのメンバーに何かエンターテーメント性があるんですよ。『魁』という一つの創作太鼓なんですが、全体で演奏するだけじゃなくて、一人一人の「俺が目立つんだ」と「俺がやっとんだ」というのが重なって爆発している部分が感動を呼んで、多くの方が大きな拍手を送った。そういうエンターテーメント性がもっと養われていけば愛媛の文化はもっと盛り上がると思ってるんです。

尾崎部会員

私はさっきは文化のこともかなり言いましたんで、ちょっと全然違うことというか、分科会長がさっき言われた、「言われたことは出来るけれども、問題発見発見能力が低い」ということについて、私が思っている解決策というんじゃないんですが、考え方をちょっと述べさせて頂こうと思うんです。私は愛媛はある意味では何か日本人のある種の典型じゃないかなと思っているところがあるんですが、日本人全般に物事を、出来上がったものをそのまま出来たものとして取り上げるきらいが強いと思うんです。これはもう明治以来学問にしろ文化にしろ、出来上がったものを、ああ、そういうものですかというふうな受け取り方をしてたという傾向の流れもあると思うんです。すべて人間のつくる文化というのは、誰かがいろんな問題・関心を持って、問題を解明しながら取り組んだ結果出来上がっているものばかりなので、物事を創っていくところのダイナミズムというものの説明が、日本の教育で欠けていると思っています。例えば科学理論でも、日本ではもう出来上がったものをして、こういう理論がありますという説明になりますが、本来はその発見した科学者がどういうふうな問題意識の中であれやこれや考えながらこの理論に至ったというようなプロセスをもっと私は説明するべきだと思うし、企業経営なんかでも、やっぱりどういうケースに臨んで、あれやこれやの中からどういう選択をしながら企業経営をしたというようなことを教えて頂きたい。これはまた歴史というか、政治でも同じことだと思うんです。それで言えば、芸術とか文化とかいうのも、特に一流の方になればなるほどいろんな問題意識の中で創っていっているわけでありまして、そのあたりの知的ダイナミズムというか、物事が創られていく過程というものを教育の場面でも出来るだけ生徒に教えてやって頂きたいという希望を持ちます。

大野部会員

私は文化に触れる機会を持たせるとか、底辺を広げるとかいう観点でちょっとお話しさせて頂きますが、一番最初に頂いた資料『新県政推進プラン』の中に、『一村一顔運動』という言葉がございまして、おしゃれなまちづくり、誇れる村づくり、これがちょっと目に止まったわけです。けれども、このように地域住民がいろんな知恵を出し合う、そして伝統文化にかかわる、これから創造的に積み上げていく、それからいろんなイベントなんかもあると思いますけれども、その中にいろいろ子供たちを巻き込んで頂きたい。地域住民と一緒になって考えていくことが出来るようなものを育てていく。そこには公民館も関係してくるであろうし学校も関係してくるだろうし、今、学校評議員制度ということで来年から開かれた学校づくりに向けて具体的な話し合いがそれぞれの場で展開されていくと思うんですけれども。そういう中で是非『新県政推進プラン』の『一村一顔運動』を、この辺でいろんなことが網羅できるように。それは文化だけじゃないと思うんですが、、教育もかなりかかわってくるし、スポーツ面でもかなりかかわってくると思うんですが、そのあたり一考して頂いたらと思うんです。

徳永分科会長

ありがとうございました。

私、実は分科会の部会員にというお話を頂いたときに、この分野でしゃべるんだなと思って腹づもりがあったんで、しゃべれと言われればこれから3時間でもしゃべるんですが、そういう訳にもいかないんで、ちょっと2、3分時間を頂いて付け加えさせて頂きます。

実は、皆さんのお話を伺って、うーん、そうかと思って7割ぐらい頷きつつ、実は全然違うことを思ったんです。全然違うことというのはどういうことかというと、必ず出てくるだろうと思った話は出てきたわけです。つまり、「地域の文化を掘り起こす」ということと、それからこれは実は私スポーツのところでコメントしようかと思ったらもう既に出たんですが、「学校を開放する」ということです。学校の持っている遺産みたいなものを開放する。そのことは全然構わない。それから、「広報」というキーワードも出ましたが、実に愛媛県は広報が足りない。具体的で申し訳ありませんが、愛媛県美術館が出来ました。ほぼ同時期に島根県立美術館が出来ました。入館者数が全然違います。それだけ島根の方が飢えてたからだと言えばそれまでですが、それまでの長い時間の広報が違います。島根県は開館まで何年も前から新しい美術館誌をずっと出しておりました。関係者を通して私のとこまで届くぐらいです。その広報の問題は、何でこんな下手なのということは思います。

それから、「伝える」という話が出てきました。ちょっと小林さんと尾崎さんのお話に近い話になるかもしれません。それから夏井さんがここにいらっしゃれば夏井さんと論争出来たんですけども、例えば夏井さんが書いておられる俳句、考えておられる俳句は伝統的な俳句だけじゃなくて、お読みになればわかりますが、新しいチャレンジ、つまり、俳句がいわば昔の非常に狭い人々同士の交流ではなくて、それを開放してダイナミックにしていく試みだと思うんです。実は全体の部会とかかわり合いのあるちょっと爆弾発言かもしれないんですが、私の周りで、もう八十八カ所と俳句はいいっていう三十代以下の人達がすごく多いんです。それはもうわかったと。もう一方では情報発信も足りないし工夫も足りないことはわかっていて、例えば夏目漱石なんていうものに関しても、熊本の方がずっと宣伝は上手いです。彼が熊本にいた時期はわずかなのに、熊本県は大キャンペーンをやりました。それから俳句に関しても、例えば三重県が非常に充実した俳句のキャンペーンをやります。これ以上のキャンペーンは出来るんだろうかと思いつつ、時々ああいうポスターとか宣伝を見るんです。そう思うにつけ、やらなくちゃいけないことはわかっているんだけど、今空海展やっていますが、八十八カ所や俳句はもういいっていう話がある。もういいと言われる背景は何かというと、玉井部会員が言われた新しい創造的な試みが余りに少ないからなんです。私もここに来て7年ちょっとで随分知り合いになったんですが、やっていらっしゃる方はいっぱいいるのに、その方たちのやっていらっしゃることを広く県民に伝える回路がない。やってる方はいつも同じ会で同じメンバーと会うものですから、もういいやどうしようと思っている閉塞状況にある人たちに、その人たちのやっている面白そうなこととかを伝える回路がないということが私は一番気になります。

ここから先が皆さんと意見が多分違うところで、それはそれで構わないんですが、私は個人的には、学校開放するべきなんだけれども、学校から開放された芸術・文化というのも一本の柱として必要だと考えています。だから、笹田部会員がおっしゃられた教育委員会系列に文化活動を戻すということも一つ重要なことだと思いつつ、もう一方では、今まで学校というか、教育委員会の道筋の中に文化があったんで、みんな教養として受け取ってきた。つまり、非常に才能のある特別な人たちがやることを我々は有難く受け取るんだというふうに強く考えてきた。それは、私はオーケストラ好きなのよ、美術館好きなのよと言う人達の中にも強く見られる。一方でこの県内にも、それに対する反発もあるわけです。ですから、教養的に底辺を広げる部分があっていい一方で、その教養からの解放ということがあってもいい。新しいアートになればなるほど教養から開放することを我々に強います。あなたにとってどうなのという問いかけが非常に強く出てきますので、そのことをちょっと思ったということ。

それで、いきなり皆さんの話にかかわるような話に戻ってくると、伝統的なものとかというのを言い換えると、県内にある文化的な遺産・蓄積というものだと思うんです。私来てから実はびっくりしたんですけども、これを愛媛県の人たちは実に大切にしていないというか、していないというよりは知らないということもあるんだと思います。例えば杉浦非水っていうデザインアートの祖と言われる人がいますが、松山、重信の辺の出身なんですけど、杉浦非水の美術館がないことは、東京や大阪の人たちに驚愕されます。大体愛媛県出身だと知らない。例えば杉浦非水っていう話を何故持ち出したかというと、例えば美術館でもいいし芸術団体でもいいんですが、仮に美術館の関係者だとしますが、ある人と話したときに、県にやってもらいたいことは何かというと、県内の企業とかに県とか市町村が持っている作品を使ってもらいたいと言いうことでした。県立美術館とか玉川とか、高畠華宵大正ロマン館とか久万とか美術館ごとにたくさん収蔵品があるんだけれども、それを例えば名産品のパッケージに使ってもらいたい。今治のタオルのデザインに使ってもらいたい。そのかわりデザイン料っていうか、何て言うんですかね、使用すると県が補助をする、ないしは使った企業が使用料を払うというシステムで還元してくれということをおっしゃった人がいました。例えば杉浦非水という人はそういうデザインの元祖なんです。三越のポスター作った人ですから。産業遺産も含めて、そういう遺産っていっぱいあるんです。そういう何と言うのかな、経済とか産業と結びつくようないい意味での広報。広報が経済的な利得を生み出してお金がなくて困っている文化団体や文化施設に還元されるシステムづくりというのが欲しいと強く思いました。

もう一つはさっき言いましたけども、文化情報ネットワークみたいなものが実はすごく不足していて、例えば観光客が松山に来ます。じゃあ松山で3日間滞在する、松山でどんなイベントがあるのか、例えば美術館では何をやっているのかという一覧表がない。例えばウィーンへ行くと、「今月のウィーン」という冊子があって、美術館、音楽、演劇とそれぞれ3つ、3分冊もあります。行ってまずそれをもらえば、今週1週間何をやっているか全部わかって、自分はここへ行こうっていう滞在型のいわば観光ができるわけです。そうしたものを作ることは、文化情報に飢えている人たちにも非常にいいし、活動している人たちにもいいし、観光にも寄与する話です。そんなことを外へ向かっても内へ向かってもやること。それから、前に小林さんが全体会で言っておられたことだと思うんですが、交流を進める中で、音楽、伝統芸能、美術などいろんな分野のお互いのレベルがわからないから、コンペでもやればいいんです。コンペでもやって交流する場所をつくるとか、それぞれの美術館が持ち寄る名品展みたいなものを、例えば市内とか道後で必ずちょっとずつ見れるとか、何かそういう新しい工夫とシステムづくりを是非やっていただきたい。皆さんの出してきたキーワードでいけば、「交流」ということと広い意味で伝える「広報」ということ。それから、藻利部会員さんがおっしゃられた商業ベースに乗らない部分に関して、今言った美術品を使ってもらうということはいかにも商業ベースに乗ってそうだけども、今まで乗れなかった部分を乗せることによって、文化ってお金かかるだけだよと言われないで、お金を稼ぐ手を考えるというシステムですね。何かそういう新しいことをやることに対してお金を出すと言うよりは回すって言うか、そうしたことに関するシステムを是非つくって頂きたい。

(3)スポーツ

徳永分科会長

恐らくスポーツの部分に関しては、こちらの方の方が比較的言いたいことがあると思うんで、もう一回藻利さんからお願いしてよろしいですか。

藻利部会員

全体的なことを言えば、やっぱり生涯スポーツというか、そういう観点に学校教育の中でもだんだん移っていますので、小さい子供からお年寄りまで出来るという、そういう観点を持たなければいけないと思います。

それから、例えば競技スポーツということを考えていくにも、やはり底辺を広げていくという、そういう観点からいつも考えていかなければならないのではないかというふうに考えています。

それから、学校教育の立場から言えば、非常に問題になっているのが部活動の問題です。指導者の面で、特に高校レベルになってくると、なかなかきちっとした指導が出来る先生がいない。すべて学校の先生で指導が全部行き届くかというと、必ずしもそうではないと。そういう場合に外部からの指導者を活用していく方法、システムとか、そういったものも考えていかなければならないと思います。

それから、部活動というのは結局、教員の仕事の中にきちっとした明確な位置づけがなされていないという面もあります。非常に負担を強いているという面もあり、かなりボランティア的な形での指導に近いような状況になっている。その辺も社会教育、社会体育との兼ね合いで学校体育というものを、特に部活動という面から考えていく必要があるのではないかと思います。部活動、運動部が中心なんですけども、先ほどの文化とも絡めて言えば、文化部の指導のあり方っていうか、そういったものもちょっとまた複雑な面があるように思います。

松下部会員

直接スポーツ関係にかかわるもので言いたいこといっぱいあるんで、まとめるのに苦労するんですけども、単純に言えば、スポーツをいかに広げていくか、いわゆるスポーツ人口をいかに増やしていくかということが一つと、もう一つは、レベルをいかに高くするか。先日知事さんがいわゆるスポーツ立県という表現をされましたけれども、いわゆる競技力の向上を本格的に図っていくのか、あるいは県民皆スポーツ的な広がりを求めていくのか、これが私は何を意味しておるのかはっきりわからないんですが、要はスポーツにかかわる者としては、やっぱり両方の軸でやって頂きたいなという気がするんです。先ほどの部活動の問題が出ておりましたけども、今現実問題として、日本のスポーツ界というのはやっぱり学校体育をベースにずうっと育ってきた伝統があります。ただ、世界的にはサッカーがはしりで、ドイツのいわゆる地域のコミュニティーのクラブ、これから育ってきた流れがあります。大きく学校体育といわゆる社会体育の2つの流れがあるんですけれども、どっちかというと日本が学校体育中心に育ってきた中で、限界を感じながら、学校体育からの開放、社会体育への移行云々という流れではあるんですけども、ただ流れ切れない。何故かというと、やっぱり社会体育の施設がない。やっぱり学校の施設におんぶにだっこしながらやってきている。しかも指導者は先ほど藻利先生が言われましたように、学校の先生を中心に先生の奉仕的なボランティア的な活動の流れの中でやってきている。スポーツはシビアですから、勝ち負けというのが必ずついてきます。その流れの中で先生方が行き詰まりを感じながら、葛藤しながら、しかも教員というのは部活動の先生じゃないという反面がありながら、非常に複雑な立場で流れてきているのが現実でございます。その一方で、最近典型的なのはスイミングクラブなんですけども、企業の流れの中で、社会体育の流れの中で、選手強化をどんどんやってきて成果を上げてきております。そういった流れの中で先ほど言いましたサッカーのように、愛媛FCですか、ああいった異例な形のチーム編成をしながらレベルアップを図ろうとしているんですけども、多分私はこれ頭打ちがくるんじゃないかなというような気がしているんです。その辺で、今非常にもやもやした現実がスポーツ界だろうと思うんです。ですから、これから本当にスポーツ立県云々というときに、私はキーワードは社会スポーツと学校スポーツをいかに共存共栄させていくか、これをシステム化していかないと、どっちにしてもじり貧になるんじゃないか。ある意味では学校開放ですし、社会教育の中でそういった学校の施設を使いながらそういったシステムができるかどうか、この辺が一つの模索の方向かなというような気がしております。もう一つだけ。今スポーツ界はレベルアップのためには費用が要るんです。今文化的な活動の拠点として、愛媛県は生涯学習センターという非常に立派な施設ができておりますけれども、あそこを拠点にすればもっと社会教育というのはかなりシステム化できるんじゃないか。そういう意味でスポーツ界にそういった拠点になる場所が無いんですね。例えば総合科学スポーツセンターのような、いわゆる体力診断にしてもトレーニング器具にしても、あるいはいろんな管理、それから各スポーツ協会の事務局あたりを統括できるような。僕はやっぱりスポーツ立県にふさわしい施設、これは絶対要るんじゃないかなと。今まで学校施設を利用するいうことでしたので、箱物云々いうことは問題があるんでじっと抑えてきたんですけども、事スポーツに関しては私は要るんじゃないかなと正直思います。

林部会員

スポーツ関係の代表として話をさせて頂きますが、知事さん代わられてスポーツ関係予算が一気に3倍になりましたんで、今までの国体で「予算がないから負けるんや」という競技団体の発言はこれでなくなると思います。ただ、一つ言えることは、国体で上位に行けない理由としては、その国体の得点方法というのがありまして、これを上手に愛媛が利用してないだけであって、勝ち試合で言うなら愛媛結構多いんですが、最後に得点になる試合で負けているという現状があるということは知っておいて欲しいと思います。知事さんは1町村に1競技、それから1つの校区に1競技ということを言われていますし、体協として国体の誘致ということで動いておりますが、国体誘致となればいろんな施設が建つということで、スポーツ界以外のところにもすごく影響があるんじゃないかと思っています。

それから、スポーツ立県という点においては知事さんの方針に間違いはないと私は思っているんですが、実はその反面、各小学校の学校体育、スポーツ少年団、中学校の部活、高校の部活の中でいろんな問題があるわけです。例えばオーバートレーニング、オーバーユース、それから故障と、熱中症による死亡というような問題があるんですが、予算をつけていくとこの辺が全く無視されて、実は短期的には国体成績は上位になるでしょうけど、長期で見れば愛媛の選手は非常に故障が多く、要するに年取って病人がふえる可能性があるということは知っておいて欲しいと思います。特に小学校あたりですと、3年ごとに基礎体力の報告書が出ており、この中でも問題点が指摘されているんですが、それが現場で全然改善されてないという実態があると思います。私自身は体協の役員、それから国体のチームのチームドクターとして10年前から国体へ行っていますが、国体選手を見ましても、全国の国体代表選手の比較をしますと、体力面、それから栄養面が非常に劣っているんですが、この辺が全然改善されておりませんので、やはりこういうところを改善する必要があると思います。

それから、実際に競技スポーツだけが今まで取り外されたような形であったのですが、やはり競技スポーツが強くなるためには、一般の人の健康スポーツ、レクリエーションスポーツ、それから身体障害者のスポーツ、それから成人病予防であるとか寝たきり予防、骨粗鬆症予防というような運動、全部トータルとして考える必要があるんです。実際のところ体協の医師の立場、それから医師会でスポーツ健康医部会というのがあるんですがそこの責任者として、それから県の健康増進課でいろんな指導をさせてもらうとともに、県の保健福祉部で指導者の養成の委員長もさせてもらっているんですが、その中で感じることは、いろんな資格でいろいろ現場で頑張りたいなと思っている連中の整合性がなくってばらばらに活動しており、実にもったいないことだというふうに思っています。

どちらにしましても、愛媛県の選手につきましては、もう基礎体力が非常に劣っている。国体代表選手だけで見ますと、故障者が全国平均の4倍もいるというような現状で国体へ行っていますので、よく頑張っているというような実態だと思うんですが、スポーツ立県もいいんですが、やはり故障者をなくする、それから燃え尽きで部活をやめるとか、そういう事態をなくすることの方がもっと重要だろうというふうに思っています。

二宮部会員

私はどちらかというとスポーツ音痴なんで、せいぜい健康育成程度の、健康保持程度のスポーツしか考えてないんですが、ただ、子供のことを考えた場合においてやっぱり幾つか言いたいことがあります。

例えば、まず、親としてはやっぱりスポーツも出来たらいいなあと、いろいろ考えてついついスイミングとか何とかクラブに行かせる、結構お金がかかるんですが、それ以外にも小学校の先生方が指導してこられたスポーツ少年団ということで、保護者がボランティアでされたり外部の指導者が来られたりして指導して頂いています。ただ、その中でやっぱり指導方針についてもめごとが起きているようなことを伺います。ここで言うスポーツというのは、オリンピック代表になるような立派なスポーツ選手を育成するということだと思いつつも、スポーツの中で私が言いたいことは、勝負主義ももちろん要ると思うんですが、一方では、勝負主義ではなくて人格育成とか、健康保持のような、そういう面も考えてのスポーツを私は望みます。

中部会員

私も親の立場というところから話をしたいんですけど、スポーツ少年団が小学校にできたときに、やはり私が一番思ったのは、これからのスポーツの捉え方というのは、学校中心に動くのか地域体育として動くのかということを早く明確にしないといけない。どっちつかずのまんまでやると指導者が足らなくなるというのは、もうこれは事実だと思うんです。子供たちの怪我も多くなっていると思うんですけど、やはり指導者として技術的な能力はあったとしても、健康的な能力、林先生らが言われたスポーツに対する安全というものをきちんと勉強しない人が教えてしまうと、非常に怪我も多くなっていくということが不安です。スポーツ少年団が、小学校単位でほとんど出来たものですから、数は減らないどころか増えてしまって、先生、指導者も全く足らない。それを本当に地域で捉えていくのであれば、小学校じゃなくってやっぱり地域に母体を持つような社会体育のあり方というのを模索して頂ければいいんじゃないかなと思うんです。愛媛県からはかなりの人材が各種スポーツで出ておりますけど、やはり帰ってくる場がないということで、東京に行って、東京で名を出す選手が愛媛県出身というのは結構いるんだと思うんです。そういうところもやはり指導者という面。例えばもう箱物だけつくっても指導体系がきちんとならなかったら、育たないと思うんです。

玉井部会員

私もスポーツのことはよくはわかりませんが、やっぱり一つは指導者をどういうふうに育成するか、その視点が大変大事じゃないかというふうに思います。小学校を中心としたスポーツ少年団の指導者に、高校生、大学生あたりがジュニアリーダーとして活躍してもらえるような、そういうシステムは出来ないかというようなこと。やっぱり箱物は私は今愛媛県においては非常に大事じゃないかと。スポーツ施設の充実も、これはどうしてもやらないかんことではないかと、せめて全国レベルぐらいには高めて頂きたいものだというふうに思います。

鈴木部会員

私は自分自身がプレイヤーとしての経験をずっと持っています。種目はソフトテニスなんですけれども、全日本選手権とか国体とか、いろんな大会に出場をさせて頂きました。また、公認の指導者の資格を持っているものですから、もうほとんどの松山市内の高校は指導に行かせて頂いたんですけども、そういったことの経験から思いますのに、芸術と同じなんですけども、生の最高のプレーを直接子供達に見せてやりたい。大阪、東京まで出かけて行かなくても、この県内でいろんな大会で最高のプレーをぜひ見せてやりたいなあという、そういう気持ちをもう強くずっと感じてまいりました。そういう意味で県営の施設、今ちょっと拾い出してみましたけども、陸上競技、ラグビー、サッカー、武道館、そういったものがございますけど、もっともっと充実をしていただいたら、子供達がいろんなそれぞれの種目で夢を持つのではないかなあというふうに思います。

笹田部会員

私も今の御意見と一緒なんですが、昼働いた人たちが夜いろんなことで楽しめるという、夜間の照明つきの学校開放、こういったことも大事じゃないかということを感じております。あとはさっき林先生、二宮さんが言われたことに尽きますので、ただ、スポーツ立県という言葉そのものは私も理解がちょっと不十分なんですが、単なる優勝だけを、それが至上なんだというこの考え方については、いささか懸念を持っております。

佐伯部会員

現在幼稚園の子供達が何に一番多く通っているかというと、スポーツ、スイミングスクール、それからサッカーに通っており、お金を出したらそら幾らでもできるんです。お金のある家庭はそういったことがさせられるんですけども、じゃお母さんが働いているから連れて行けない、またお金がかかるので保育料だけでしんどいという方のために、地域がもっともっとそういった場を提供してあげる。例えば幼稚園の子供でも、「今日はここへ来てみんなでサッカーしようね」というような、そういった場。それから、そういった公民館活動、そういったところがあったらもっといいかなという気がいたします。そうして、スポーツといったら運動だけでないです。サッカーとかスイミングに行ったり、体操教室だとか、そういったことだけでなくって、自然を取り入れて親子ハイキングとか、それからサイクリングとか、そういった計画をもっともっと公民館が、地域がしてくれたら、それにはもちろん県の方からお金、補助金も頂かないと出来ないことですので、そういったお金を地域に沢山ばらまいて子供達の育成に努めて欲しいなと思います。それから、先ほど林部会員さんの方から国体が云々と。私新聞見ていると、国体で愛媛県どうしてこんなにレベルが低いのかななんていう気がしたんですけど、先ほどお話聞いて納得がいきました。それにはやはり高校生では専門の指導者が要るんですけれども、中学校になると専門の先生がいらっしゃらないんだと思うんです。だから、そういったところで学校の教師として、それから部の先生として、監督としてとなると両立するのはとても難しいと思うんです。ですから、そういったところを県の方からの補助を頂いて、それに得てる人、それの出来る人をどんどん取り入れていってあげたらよろしいんじゃないかなっていう気がいたします。

小林部会員

僕は南海放送の夜のラジオで、月曜日、火曜日、水曜日、木曜日、金曜日と『るんるんワイド』というティーンズをターゲットにしたラジオ番組のチーフディレクターということでやっており、それでイベントとかで中高生によく会うんですけど、中学のときにスポーツ頑張ってて、高校も1年ぐらいは頑張ってたのに、2年ぐらいになったらやめてて、「何でやめたんだ」と聞くと、好きになった女の子から「汗くさい」とか、「何で体をそんなに痛めるの」とか言われたからやめちゃったとかいう。最近女の子の発言によって右往左往する男の子が増えてまして、それでスポーツに関して男の子がパワーをなくしているかわりに女の子のかわいい子が競技にどんどん現われて、ああ、昔こんなかわいい子はスポーツ界にいなかったななんていう。これも女性進出の一つの一面かなと思うんですが、男の子で好きな女の子とかにも惑わされずにやってる子は、自分のための自分自身との戦いだという、結構マニアックな世界に行っちゃってる部分が多いと思うんです。愛媛県でスポーツ、競技スポーツに絞りますと、それを盛り上げる方法があるとするならば、応援団の育成だと思うんです。要するに、例えば阪神タイガースを例にとると、負けても勝ってもファンが来て応援すると、あれだけ応援されたら何か頑張るかなと。だから、見られているな、よしやる気出るぞという。愛媛県の指導者が実力がないとか私もよく聞くんですけど、でもそれは指導者の方も一生懸命やっているわけですし、選手もやっているんですから、あとはプラス・アルファの力が湧き出すように、すべてのスポーツにおける応援団を愛媛県で作っちゃう。そういう形で頑張れっていう声援を送るような、そこからまたやる気が出てくるんじゃないかと。これも今の時代に反比例する逆からの発想なんですけど。応援団を盛り上げて実力以上を出さそうというとこです。

尾崎部会員

私はやはりこれからは社会人スポーツもしやすい環境づくりが大事になってくると思います。さっきからお話が出ておりますが、健康づくりももちろんですし、それからやっぱり楽しみですね。楽しみのためにスポーツを手軽に手がけられるというのは、さっき私が申し上げた生活の質を高めるということから言っても非常に大事な条件になってくる。その意味では残念ながらやっぱり愛媛県は、まだまだ施設整備的には物足らないところが多いので、その点に力を入れて頂きたいと思っております。

大野部会員

学校のスポーツ少年団で困っていることは、時間のこと、場所のこと、指導者のこと、あと部員数が減っていること、その4つぐらいじゃないかと思うんですが、1番はやっぱり指導者の問題で、派遣して頂けるような人材システムができないというのが一つあります。

それから、先ほど鈴木先生がおっしゃったように、いろんなところで活動に行きやすい、ボランティアとして活動が出来やすい社会的なシステムというんですか、出やすいシステムと出せるシステム、要請ができるシステム、そういうことがこれから必要なんではないかなと思います。

3 閉会

徳永分科会長

あと3分なんですが、3分で全体の話は出来っこないんで、欠席された夏井さんの意見を確認しておきますと、「愛媛で子供を育てたい」というキーワードがあります。また、以下の「管理教育からの解放」と、「少人数学級の問題」というテーマは今回の会議で既に出たものです。

あと3番目の「俳句という愛媛の文化遺産を大切にすること」については、先ほど言いましたが、それをよりインティメートというか狭い範囲のものではなくて、社会全体に波及させるようなことを考えていらっしゃるということで、彼女物を書く人で非常に明快に思いのたけを述べられていますので、中身を読んで頂ければと思います。
全体で言い足りないことがいっぱいあると思うんです。そして3点をつなぐブリッジのような話が実は今日出来ませんでした。それは私の司会といいますか、舵取りがまずいんですが、逆に言えば皆さんに一応3分野に関してほぼ思いのたけを話して頂けたと思いますんで、提案といいますか、これは私もそう思っておりましたし、たまたま県の方と意見が一致したことなんですが、ひとつお願いがございます。本日会議で発言されたこと、または言い足りなかったこと、それからその後私はあの人にあれを言いたいとか、お互い意見が食い違うのは当たり前のことなんで、食い違った点に関して論争というよりは、それに関して私はこう思っているというような形で、創造的に、提言を頂きたいんです。これだけは計画に盛り込むべきだというようなことですね、これが結果的に重点施策ということになるんだろうと思うんですが、出来るだけ具体的に文章にまとめて頂いて、郵送、ファックス、メールで、9月末日迄に事務局へ御提出頂きたい。どしどし出して頂くと事務局が大変で、私も大変で、半分は喜んでいるということになりますので、是非喜ばせて頂きたい。

それで、今日全体の話が出来なかった点は御容赦頂きたいというふうに考えております。

事務局の方から今後の会の持ち方についてお願いします。

事務局(野本次長)

それでは、お礼と今後の予定につきまして、事務局の方からお話させて頂きます。

今日は本当に限られた短い時間でございましたけども、皆様方には御熱心な御討議を頂きまして、大変有難うございました。非常に参考になる部分もございましたし、しんどいなあと思う部分もございました。いずれにいたしましても、皆様から頂きました御意見は、こちらに事務局の職員もおりますし、ワーキンググループのメンバーもおりますので、この計画づくりに出来るだけ反映していきたいというふうに考えております。

それで、今日の部会の議事録を近く作成をいたしまして、また皆様方にもお送りしたいと思いますが、広く県民の皆様方にも公開をするということで、ホームページにも載せさせて頂くということを御了解頂きたいと思います。

それから、次回でございますけども、県の方はこれから9月県議会という非常に重要な期間を迎えますので、少し休ませて頂きまして、もちろん県議会におきましても、長期計画も含めまして、県の振興策についての御意見があるかと思いますが、次回は10月に開催を予定しております。次回におきましては、今日の皆様方の御意見を踏まえまして、中間試案と重点戦略構想という、この2つを事務局の方から御提示をさせて頂きたいというふうに考えております。

中間試案でございますけれども、これはこれまで頂きました御意見を踏まえまして、基本計画の、試案という形で事務局でまとめますので、思い切りたたいて頂いたらと思います。

それから、2つ目の重点戦略構想でございますけども、重点戦略構想はこれから特に重点的に取り組んでいくという、そういうテーマをある程度示しまして、絞り込んで頂きたいなというふうに考えております。

この2点につきまして、次回の分科会でお願いをしたいというふうに考えております。これが目に見えて参りますと、いろんな意味で青野部会長さんがおっしゃっておりました分かり易くて具体的なものという方向も出てくるんじゃないかなというふうに考えております。

どうも今日は本当に短い時間でございましたけども、熱心な御討議を頂きまして誠に有難うございました。次回もよろしくお願い申し上げます。

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