愛媛県の陸水域から、本調査を含めてこれまでに176魚種(亜種・変種を含む)が記録されている。分類群別で最も多いのはハゼ科魚類の38種および1変種、次いでコイ科魚類(29種)である。生活型から見た内訳は、純淡水魚52種(一次的淡水魚42種、二次的淡水魚4種、陸封性淡水魚6種)、通し回遊魚25種(降河回遊魚5種、遡河回遊魚4種、両側回遊魚16種)、周縁性淡水魚99種(汽水性淡水魚19種、偶来性淡水魚80種)である。すなわち、本県陸水域から記録されている魚類の半数は偶然あるいはしばしば河川に侵入してくる偶来性淡水魚(=海産魚)である。これら偶来性淡水魚の種数は宇和海斜面で増加するが、これは宇和海斜面がリアス式海岸で、複雑に入り組んだ内湾の入れ子状構造になっており、河川から海への塩分濃度変化が比較的緩やかで、海産魚が河川域へ侵入しやすい構造であるためと推定される。また、一般に低緯度地方ほど海産魚が淡水域へ侵入する傾向が強いこと、地理的に黒潮分流の影響下にあり、熱帯・亜熱帯域からの魚類の供給を受けやすいことも理由の一つであろう。
純淡水魚に目を移すと、愛媛県は同じ瀬戸内海斜面にある他県と比べ、圧倒的に種数が少ないことが特徴的である。四国内で見ると、隣接の香川県に天然分布するムギツク、ヌマムツ、カワバタモロコ、カジカ大卵型、オヤニラミを欠き、山陽地方に目を転ずればカワヒガイ、ツチフキ、ズナガニゴイ、コウライニゴイ、スイゲンゼニタナゴ、カネヒラ、シロヒレタビラ、スジシマドジョウ小型種山陽型およびアユモドキの全てが天然分布しない。この他、県内から確実な記録のない純淡水魚にニッポンバラタナゴがあるが、タイリクバラタナゴの侵入以前には生息していた可能性もあるのでここには列挙しなかった。県内ではさらに、宇和海流入河川でモツゴとヤリタナゴ、アブラボテ、シマドジョウ、スジシマドジョウ中型種、アカザ、カワヨシノボリが見られない(シマドジョウは宇和島市から記録があるが移入と考えられる)。地史的に見て、数万年前の最終氷期には、備賛瀬戸よりも西側で瀬戸内海へ流入する中国、四国、九州地方の河川は互いに連絡して一つの大きな水系を形成していたと推定されている。当然、その頃には純淡水魚であっても水系を通じた交流が起こり得たと思われるが、現在このように周辺地域間で種組成の違いが生じている要因については明確でない。
本県内の通し回遊魚は圧倒的に両側回遊魚が多く13種で、アユ、カジカ中卵型以外はハゼ類である。降河回遊魚はウナギ類とアユカケ、および本県では死滅回遊とみられるユゴイ、遡河回遊魚はワカサギ、サケ、イトヨ、シロウオの4種である。この内、サケは明らかに迷入、イトヨはかつて安定的な遡上群が存在していた可能性もあるが、現在県内では生息を確認できない。なお、ウグイの降海型とサツキマスはその生活史より遡河回遊魚に区分されることがある。しかし、瀬戸内海斜面で唯一ウグイの定着群が存在する肱川では、降海型であっても河口内やその周辺の漁港内に留まる個体も多く、肱川の流況や潮の干満等、産卵と無関係に河川に遡上する個体が多く観察され、回遊形態が変則的である。また、サツキマスは現在県内において安定的な個体群が存在せず、通し回遊の実態が明らかでない。したがって、本報ではこれら二種を回遊魚の範疇に含めず、県内で一般的な生態型である河川型(サツキマスの場合はアマゴ)、すなわち純淡水魚として計数した。 |
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愛媛県の河川、湖沼には、様々な魚種が意図的、非意図的に持ち込まれてきた。先の魚種数にはこれら移入種も含まれている。これまでに、文献あるいは現認によって確認した移入魚を以下に挙げる。
国外産移入種:ヨーロッパウナギ、ニジマス、ソウギョ、タイリクバラタナゴ、キンギョ、ペヘレイ、カダヤシ、タイリクスズキ、オオクチバス、ブルーギル、タウナギ。
国内産移入種:ニッコウイワナ、ヤマトイワナ、ワタカ、ゲンゴロウブナ、ニゴロブナ、イチモンジタナゴ、ハス、オイカワ(一部在来の可能性あり)、ムギツク、ビワヒガイ、スゴモロコ、デメモロコ、ホンモロコ、ニゴイ(琵琶湖産個体群)、カマツカ(一部在来の可能性あり)、ゼゼラ、ギギ、ワカサギ、ウキゴリ、ゴクラクハゼ(一部の個体群)、トウヨシノボリ(琵琶湖産の橙色型個体群)、ビワヨシノボリ、ヌマチチブ(一部の個体群)。
なお、佐田岬にある阿弥陀池では、古くからワカサギが生息していたという情報がある。しかし、今回それを裏付ける充分な資料が得られなかったこと、本種の天然分布域としては極めて異例と考えられることから、ここでは移入種として扱った。また、この他在来か移入かが不明なものとして、イトモロコ、コウライモロコがある(種の解説参照)。これらの多くは現在県下に定着して繁殖しているか、あるいは継続的な放流や、種苗への混入などによって定期的に資源が添加され続けていると考えられるものであり、生態系に悪影響を与えているものも少なくない。侵入のパターンには次のようなものがある。
公式な放流:漁業協同組合や水産試験場など各種団体が公的に資源の増大や新魚種の有効利用などを目的として意図的に放流したもの。ニジマスやワカサギ、ゲンゴロウブナのほか、ペヘレイ、ブルーギルなどがこれにあたる。このほか、昭和初期には県内河川の資源増大を狙って水産試験場の技師がオイカワを放流した記録がある。
非公式な放流:個人あるいは組織が、公的な手続きをとらず特定の魚種を放流するもの。その主な目的は遊魚であり、公式な記録がともなわないことから移入の経緯や量、責任の所在などが不明なものが多い。イワナ類やオオクチバスなどがこれにあたる。県の内水面漁業調整規則では、県内に生息しない水産動物を許可無く放流することを禁じているため(昭和53年度公布)、これらの放流は規則違反である。
混入:目的種を放流する際、これに目的種以外の魚種が混入して非意図的に県内へ侵入したもの。県内で混入を実際に調査した例はないが、明らかに琵琶湖周辺由来と考えられるハス、ワタカ、ゼゼラ、ビワヒガイ、トウヨシノボリなどは、アユやフナ類の放流時に混入していたのがきっかけと考えられる。タイリクバラタナゴも本来中国からハクレンなどを導入した際に混入したと言われており、それがさらにフナ類などの移入に伴い県内へ侵入したものであろう。また近年、他県では釣り餌として国外から輸入される淡水産エビ類に多くの魚種が混入していることが明らかとなっている。こうした外来淡水魚の中には日本各地ですでに定着、繁殖を開始しているものもあり、本県でも調査が必要である。
逸出:飼育魚が何らかの要因で野外へと逸出したもの。タイリクスズキは中国から養殖用として主に南予地方の海面養殖漁場に導入されているが、それが逸出したとみられる個体群が、現在では県下各地で見られる。宇和島市を流れる河川は本種が日本の天然水域で初めて発見、報告された場所であり、近年では本種の好釣り場として全国的に有名である。また、観賞用に個人が飼育していた魚種が、飼育の放棄により野外へ放逐されることがある。ここには挙げていないが、数種類の熱帯魚がこれまでに県内の河川で採集されている。 |
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本調査により、愛媛県に生息する淡水魚の23%が、絶滅に瀕する、あるいは情報不足で留意すべき種であることが判明した。また、海産魚を中心とした偶来性淡水魚と国外および国内産移入種を除いた、陸水域に強く依存している在来淡水魚の種数に占めるレッドデータブック掲載種の割合は66%に達する。その内訳は、絶滅1種,絶滅危惧 類10種、絶滅危惧 類8種、準絶滅危惧6種、情報不足11種、絶滅の恐れがある地域個体群5種である。分類群別に見るとハゼ亜目が39%と最も多く、生活型で見ると純淡水魚が41%と最も多い。また、ハゼ亜目では汽水域に生息するものが大きな割合を占める。これら魚種の主たる減少要因を挙げると、河川改修による河道の直線化および河床の平坦化、水質汚濁、圃場整備、横断工作物の設置や平常水量の減少による回遊経路の阻害、流域林の減少やスギ・ヒノキへの改植、宅地開発など様々で、一義的に収まるものではないが、いずれも人為によるものであることは論を待たない。
こうした人為的要因の多くは人口密集地である松山市など都心部で顕著であるが、影響の現れ方は各地の地形的特徴にも影響される。例えば、東予地方では多くの河川が県下で最も標高が高い石鎚・赤石山系に源を発し、大部分が山地を流れて短い平野部を経て海へ注ぐため、改修の進んだ平地においても清冽で安定した水質である場所が多い。その反面、重信川や肱川水系は源流の標高が低く、平地を流れる区間が長いため、人口密集地を流れる範囲が広く、水質の悪化を招きやすい。また、宇和海斜面の河川は極小規模の水路状河川が多く、各種開発の影響を受けやすい流域であると言える。西条・松山市の南部、大洲・宇和盆地などは県内でも有数の水田地帯であるが、こうした大規模な圃場では、農業生産の効率化のため早くから大規模な整備が行われ、水路の直線化、コンクリート化、用排別水路化などが顕著であり、乾田化も伴って水田や水路を産卵、生育の場にしていた魚類の減少が著しい。松山平野の重信川流域は、県下で最も多くの湧水池を擁するが、近年の環境に配慮しない親水整備や埋め立てにより状況が悪化し続けている。湧水池は本流の減水期に多くの魚種が侵入するばかりでなく、恒常的に繁殖や生育の場として利用されており、湧水池一つの環境悪化が本流の魚類資源に与える影響は大きいと言える。
もちろん、各種開発の多くは人口増加による居住空間の拡大やそれに伴う防災面での強化、生活水準の上昇と安定化、一次産業の効率化など、我々が快適な暮らしを享受するためのものである。したがって、絶滅に瀕する淡水魚を保全するには、現在の人間活動をいたずらに否定するのではなく、魚族に対する開発の問題点を正しく把握した上で、どこまで自然環境と折衝できるかを図ることが重要であろう。現在、流域開発や圃場整備において生物多様性を損なわないよう、自然に配慮した施策が進められつつある。本県においてそうした手法が積極的に取り入れられているとは言い難いが、今後流域住民の意識の向上により、環境と調和した開発のあり方について一層論議されることが望まれる。
水族の多様性を脅かすもう一つの問題として、移入種が挙げられる。偶来性淡水魚を除いた80種のうち、36%が国内および国外からの移入種である。特に、レジャー面から野放図に放流されている肉食性のオオクチバスや、影響予測がなされないまま導入されたブルーギルは、現在県下各地のダム湖、野池をはじめとして、湧水池や河川緩流域に拡がっており、在来淡水魚にとって大きな脅威となっている。これらが在来資源に与える悪影響はすでに明らかであり、いくつかの県では再放流の禁止をも定めているが、本県では導入の禁止のみに留まり、実質的な抑制力を持たない。逆に、オオクチバスを釣ることが一つの趣味として定着しており、環境や生物多様性に対する県民意識の未成熟さを現していると言えよう。近年新たな脅威として注目されているコクチバスは、オオクチバスよりも流水・冷水に適応していると言われており、止水や緩流域のみならず河川の広範囲で在来資源に悪影響を与えると推定されている。本種は現在の所県下で公式な確認記録はないが、すでに密放流により侵入している可能性は高いため、今後警戒、留意すべきである。
一方で、漁業協同組合などが資源増殖のために行うアユやアマゴなどの放流についても、水系や系群、継代の程度などに留意されているとは言いがたく、在来資源に対して深刻な遺伝子汚染を引き起こしていることは想像に難くない。アユの場合、肱川や加茂川、中山川などでは調査期間中の春先に大量の天然遡上群が確認されたが、これを踏まえてその年の放流量を調整しているわけではないので、天然魚より成長の早い生産魚の大量添加は、餌料面での競合を引き起こして天然アユ資源に悪影響を与えている可能性もある。今後天然資源の有効利用も視野に入れた放流のあり方を検討する必要があると言えるだろう。また、こうした放流に混入して県下に分布を拡げた移入種の多くは、近縁在来種との交雑、遺伝的攪乱、在来種との競合などを引き起こしており、これからの放流事業はこうした点にも充分留意すべきである。
さらに、メダカやニシキゴイの放流が県下各地で時折美談としてメディアに取り上げられている現状も、誤った自然観の形成として憂慮すべきである。メダカの放流は一見善意の保護行為に見えて、地域性や飼育のあり方を考慮しないと遺伝子汚染や近交弱勢、適応価の低下を招くことが指摘されている。ニシキゴイについては、これが人為の産物であることに加え、雑食で大型に成長するため、底質環境の攪乱や餌料面での在来種との競合を引き起こすことなどが問題である。我々が保全しなければならないのは流域生態系の一翼を担う在来淡水魚の多様性であり、見た目の美観や形だけの増殖、利己的な利用を狙った無思慮な放流は生態系保全に繋がらないことを認識する必要がある。 |
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